鉄火場の風

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鉄火場の風

　　　　石原裕次郎さんと赤木圭一郎さん、そして宍戸錠さんの貴重な共演作品です。とにもかくにも、
　　　　Web@作者は、この主題歌とタイトルバックはお気に入りです。最果ての地から懐かしい街に
　　　　帰ってきた男に、何が待ち受けているのでしょう。一部分、yujiroさんやNOBOさん、まとけ
　　　　んさん、ちゃんゆうさんなどにご協力いただいて構成しています。

◆ ◆ ◆

　　　　放射状に棟が連なる網走刑務所。その門が開き、一人の男が出獄することになります。音楽。遠
　　　　く続く線路に、黒く太い文字でタイトルが出ます。蒸気機関車が凍えそうな寒空の下、煙を吐き
　　　　東京へ向けて疾走します。ここで、レコード版とは若干歌詞の違う主題歌が流れます。車内でタ
　　　　バコを吸う主人公・畑中英次（石原裕次郎）。画面奥から手前へ、左から右へと進む列車。

　　　　♪凍てついた海を越え　俺はやって来た
　　　　　何時も　夜明けに　胸に疼いた面影よ
　　　　　其〔そ〕は　かりそめの　恋なのか
　　　　　（この一行、レコードでの歌詞は、“恋は泪か　まぼろしか”）
　　　　　愛しき瞳　今はいずこに
　　　　　ああ　俺は最果てから来た男さ

　　　　海。津軽海峡を渡ったのでしょう、列車は再び東京を目指して南下します。

　　　　♪帰り来ぬ夢の日よ　想い出の公園〔にわ〕に
　　　　　枯葉を踏んで　今日も侘しくたたずめば
　　　　　闇に北風　鳴り響き
　　　　　やけに身にしむ　街の灯〔ともしび〕
　　　　　ああ　俺は最果てから来た男さ

　　　　列車は上野駅の長いホームにゆっくりと到着します。主人公（…と、観客）の思いを乗せて…。

　　　　※Web＠作者の個人的な意見ですが、列車内で主人公の顔を写さなければ良かったのではない
　　　　かと思うのです。上野駅に着いた列車から主人公が降りて来る、それを足元から上にカメラが捉
　　　　えるように写し（石原裕次郎さんの長い足をなめるように…笑）、初めて主人公の顔が登場した
　　　　ほうがカッコ良くないですか？…西部劇『真昼の決斗』のゲーリー・クーパーさん扮する保安官
　　　　が町に赴任する時のような（笑）。…もとい。

　　　　…ドラムの音。キャバレー“モンパルナス”では、軽快な音楽とともに、フロアで客たちが踊っ
　　　　ています。そこへ現われる英次、クロークにカバンを置き、コートを脱ぎ捨てます。支配人らし
　　　　い恰好の永田正雄（深江章喜）が近付いてきます。支配人ではありますが、明らかに堅気者では
　　　　ない雰囲気です（後ろにいるボーイに扮しているのは二階堂郁夫さん）。

　　　　永田　「いらっしゃいませ…」
　　　　英次　「高木は？」
　　　　永田　「事務所ですが…」
　　　　英次　「網走から出て来たって伝えてくれ」
　　　　永田　「何か？」
　　　　英次　「いいからそう言え」
　　　　永田　「は」
　　　　英次　「あ、その前に那美、呼んでくンねえか。いるかい？」
　　　　永田　「はい…」

　　　　英次にビールを注ぐホステス。そのボックス席へ黒いロングドレスを身にまとった相良那美（北
　　　　原三枝）がやってくる。

　　　　那美　「おかえりなさい…（英次のいる席に座る）。知らせてくだされば、お迎えに行ったのに
　　　　　　　　。お元気そうね…」
　　　　英次　「寒いか！？（那美の腕を引き寄せて）。ふん、ガタガタしてるじゃねえか。刑務所って
　　　　　　　　のはな、いくらシャバから離れたって、いろんな話が流れてくるぜ。例えば、おまえの
　　　　　　　　こともな」
　　　　那美　「！」
　　　　英次　「おい、高木と出来てるってな」
　　　　那美　「何言ってるのよ、ヤブから棒に」
　　　　英次　「はっきり返事をしろ。どうせ判ることだ。どうなんだい」
　　　　那美　「仕方なかったのよ…」
　　　　英次　「もう何も言うな。ジメジメした言い訳は、たくさんだぜ」
　　　　那美　「随分ひどい言い方ね。自分勝手すぎるわ。何度手紙をあげたって、一度だって返事をく
　　　　　　　　れたことがあって？」
　　　　英次　「信用しなかったじゃねえか、俺を」
　　　　那美　「それ、どういう意味？」
　　　　英次　「いいか、ここの呉羽親分を撃ったのは、俺じゃねえ。どいつもこいつもインチキな証言
　　　　　　　　しやがって。おまえだって最後には高木たちの言葉を信じたじゃねえか」
　　　　那美　「…」

　　　　那美にスポットライトが当たる。彼女はこの店の歌手なのだ。

　　　　英次　「話はこれだけだ。早く行け…」

　　　　那美はステージに近付き、歌い始める（曲名未確認。多分、歌声は吹き替えでしょう。yujiro
　　　　さんのお話では、マーサ三宅さんである可能性が高いそうです。ちなみに『俺は待ってるぜ』で
　　　　の北原三枝さんの歌の吹き替えはマーサ三宅さん。）。

　　　　♪寒く冷たい森よ　二人の影がゆく
　　　　　瞳は虚ろに朽ちあせ　かわす言葉かすか
　　　　　※※※（エスポワールとかノワールとか言っていますから、フランス語でしょう。この部分、
　　　　　さすがに理解出来ません）
　　　　　ああ　口づけかわしたあの日　せめても今は幸せを
　　　　　想い出を一人抱きしめ　運命〔さだめ〕の歌　歌おう
　　　　　※※※（繰り返し）
　　　　　ああ　口づけかわしたあの日　せめても今は幸せを
　　　　　想い出を一人抱きしめ　運命〔さだめ〕の歌　歌おう
　　　　　（注／この歌詞は、漢字表記などが正しくないかもしれません）

　　　　…事務所にいる高木剛太郎（芦田伸介）。彼は英次が射殺したことになっている親分亡き後、呉
　　　　羽組という一家を取り仕切っている悪玉である。部屋へ入ってくる英次。何か用かとたずねる高
　　　　木に、

　　　　英次　「…おめえ、目から血が出るほど、悔しい思いをしたことがあるかい？」
　　　　高木　「ねえな…」
　　　　英次　「ねえ奴には判らねえだろう。俺の用ってのはな、俺をそんな羽目に落とし込んどいて、
　　　　　　　　三年間、うめえ汁を吸ってデケえ面してのさばり上がってる野郎を知りてえんだ」
　　　　高木　「そいつと俺と何か関係でもあるって言うのかい？」
　　　　英次　「あるかないか、聞きに来たんだ」

　　　　しかし、高木は、グラスの酒を英次に浴びせて、帰るように言い放つ。事務所の表にあるバー“
　　　　ベラミ”。カウンターには人相の悪い西川政一（宍戸錠）が座っている。彼の胸ポケットのハン
　　　　カチを奪い、顔を拭く英次。

　　　　英次　「西川、おめえ、相変わらず、イカサマ博打であこぎなマネしてるらしいな」

　　　　イヤな顔をする西川。出ていこうとする英次の前に、横から足がスッと出てくる（新しいスター
　　　　の登場という雰囲気があります）。やはり高木の子分である速水健（赤木圭一郎）である。何も
　　　　言わずに去る英次を尾行する健。

　　　　台本にはこの後、店を出た英次が、街のチンピラＡ（林茂朗）と同Ｂ（高田保〔後に矢頭健男〕
　　　　）に絡まれるシーンがあるようです。ですから後に英次がこの顔見知りになった二人に健の行方
　　　　を尋ねることになるようです。

◆

　　　　町のレストラン“万福軒”へ入る英次。旧知の木内一巳（殿山泰司）とその娘の昌子〔アキコ〕
　　　　（清水まゆみ）が営んでいる大衆食堂である（女性従業員に扮しているのは清水千代子さん〔ク
　　　　レジットなし〕）。タクシーの運転手（糸賀靖雄〔クレジットなし〕）をはじめ、大勢の客（蒲
　　　　生晃治〔クレジットなし〕、他）がいる。健は表の通りから英次がいることを確認する。チャー
　　　　シューメンを食べる英次。店の中から、英次も健の姿を確認する。昌子が英次の隣の席に座る。

　　　　昌子　「良かったわね、早く出られて。辛かったでしょ？」
　　　　英次　「大したことないさ」
　　　　昌子　「北海道ってイイわね、ロマンチックで。あたし、好きよ。一度でイイから行ってみたい
　　　　　　　　わ」（皆さんご存知のように、清水まゆみさんの出身地は北海道です）

　　　　仲の良さそうな英次と昌子に、ポン引松（榎木兵衛）やマリー（丘野美子）、その仲間の五郎（
　　　　神戸瓢介）ともう一人（水木京二〔後に京一〕　※台本では通称・蛸）が絡んでくる。後ろから
　　　　頭を押されてラーメンの鉢に顔を入れられた英次は立ち上がり、男を睨みつける。

　　　　松　　「この野郎、俺たちを知らねえな！」

　　　　男たちと乱闘になるが、英次は木内に羽交い締めにされる。

　　　　木内　「こら！、やめろ、やめろ！」
　　　　英次　「うるせえや！、何しやがんでえ！」
　　　　木内　「てめえこそ何でえ、出てくるなり、人の店、荒しやがって！」
　　　　英次　「帝国ホテルじゃあるまいし、何でえ、こんな小汚え店！」
　　　　木内　「何を！？」

　　　　…画面が変わると、階上の部屋で、仲良く出所祝いの酒盛りを始めている英次と木内。そんな二
　　　　人に呆れる昌子だが、何だか嬉しそうではある。木内は堅気者になるには良い機会だと話す。そ
　　　　こへ英次が所属している双葉組の仲間・真壁鉄次（佐野浅夫）と弟分の江島民平（武藤章生）が
　　　　やってくる。ハクが付いたと喜ぶ民平に、木内は言う。

　　　　木内　「バカ野郎！。ヤクザのハクなんてものはな、垢みてえなもんでぃ。溜まれば溜まるほど
　　　　　　　　臭くなる。もっともクソ虫にはクソの臭さは判らねえだろうがな」

　　　　…事務所で、主治医らしい新田整（梅野泰靖）に注射を打ってもらう高木。この新田という医師
　　　　は、“モンパルナス”でピアノを弾くアルバイト（？）もしているようだ。高木の体調はあまり
　　　　良くないらしい。出ていく新田と入れ替わりに健が入ってくる。

　　　　健　　「畑中の野郎、万福にシケ込みました」
　　　　高木　「木内のところか…」
　　　　健　　「あのオヤジ、何者です？」
　　　　高木　「昔ちょっとならした博打打ちだ。気を付けろよ。したたか者だからな」
　　　　健　　「で、いつ殺〔ヤ〕るんで？」
　　　　高木　「そんなにバラしてえか？」
　　　　健　　「組長が殺〔ヤ〕られたんですよ、あの野郎に。黙って生かしといちゃ、組の名前に関わ
　　　　　　　　ります」
　　　　高木　「おまえの気持ちも判らねえこともねえが、時期を待つんだな。まぁ、明日一日、つけて
　　　　　　　　みろ」
　　　　健　　「は！（嬉しそうに笑みを浮かべる）」

◆

　　　　英次は、呉羽組組長射殺事件を担当した弁護士・加藤博敏（小泉郁之助）を訪ねる。女性がお茶
　　　　を出す。健は事務所の表でウロウロしている。加藤弁護士は英次に同情的ではあるが、証拠も揃
　　　　わないし、このまま静かに暮らしてはどうかと提言する。しかし、英次は言う。

　　　　英次　「いや、私は諦めない。三年で済んだからイイようなものの、もし死刑にでもなっていた
　　　　　　　　ら、そう思うとゾッとするんですよ。もちろん高木も憎い。しかし、奴個人ばかりじゃ
　　　　　　　　ねえ、本当のことが本当として通らねえような、そういったモヤモヤしたものを吹っ飛
　　　　　　　　ばしてやりてえんだ」

　　　　加藤弁護士は証拠が揃ったら再審の手続きをする約束をしてくれる。続いて英次は、組長の
　　　　死体が発見されたアパートを訪ねる。ピストルの音がした後、英次が出て行ったという嘘の証言
　　　　をしたのが、管理人・佐々木忍（浜村純）である。

　　　　英次　「誰にそう言えと頼まれたんだい！？、ドブネズミめ！」
　　　　佐々木「ドブネズミで結構さ（皮肉に笑いながら）。あんたをスケート場で見かけたって、英雄
　　　　　　　　気取りに刑事に証言した男は三日後に頓死したよ。女房子供に思い出だけを残してね」

　　　　そう迫られて何も言えなくなる英次。

　　　　佐々木「その思い出だけで妻子はどうやって生活していけるかね？。わしには今出て行った子が
　　　　　　　　いるんで…あんたには男やもめの暮らしなんか判らんよ。帰ってくれよ」

　　　　結局、冤罪を証明する収穫はないまま、大通りを行く英次。それを尾行する健。英次は尾行に気
　　　　付いたのか、急に足早になり道を渡る。慌てた健がトラックを避けて道を渡ると、橋（※1→）
　　　　の柵に長い左足を乗せて靴の紐を結び直している英次が、笑みを浮かべながら待ち受けている。
　　　　（→※1　yujiroさんのお話では、この橋は東京都中央区にある晴月橋だそうです）

　　　　英次　「おい、あんちゃん。朝っぱらから野郎のケツ、追い回すなんて、色気のねえ野郎だな。
　　　　　　　　ふん（笑）」

　　　　バツの悪そうな健を残し、英次は去っていく。

　　　　…喫茶店（※台本では店名は“メールヘン”）に那美を呼び出した英次。ウェイトレス（朝香奈
　　　　緒美〔クレジットなし〕）が階段を上がって二階席にコーヒーを運んでくる。

　　　　英次　「あの管理人に偽証を認めさせることは出来んな。例え認めて高木を訴えたとしたって、
　　　　　　　　ただ嫌疑がかかるだけで、高木が殺したって証明にならねえ。偽装工作の証拠を崩さぬ
　　　　　　　　限り、“疑わしきは罰せず”で、俺の負けさ。とするとだ、ここで一番身近にいる誰か
　　　　　　　　が、そいつを聞き出すより他に手がねえんだよ」
　　　　那美　「私を呼び出したのは、そのためだったのね」
　　　　英次　「へへ（笑）、ヤボな頼みで悪かったな」
　　　　那美　「私、あなたが好きよ。前より。…それだけは判ってほしいの。…楽しかったわ。本当に
　　　　　　　　楽しかった。もう二度と来ないわ。私、あの時、思い切ってあなたのものになっていた
　　　　　　　　ら…」
　　　　英次　「やめろ、那美」
　　　　那美　「高木は私を好いてたの。だから、私のことでもあなたが憎かったの。…私のような女さ
　　　　　　　　えいなければ、あなたにも迷惑をかけずに済んだのに…」
　　　　英次　「まあイイさ。ところで、今日は高木はどうしてンだい？」
　　　　那美　「このあいだ亡くなった川崎の組長さんの追善会をするって、出かけて行ったわ」
　　　　英次　「弔い博打か…じゃ、チラシ持ってったろ？」
　　　　那美　「チラシ？」
　　　　英次　「通知状だよ。つまり入場資格権さ」

　　　　…ある屋敷の庭でゴルフクラブを振る高木。そばで「あんな海の底、いくら掘ったって石油は出
　　　　んぜ」などと電話をしているこの屋敷の主人・鱶川謙三（嵯峨善兵）。彼は財界の大物らしい。
　　　　高木は鱶川の屋敷に追善会への招待状を持って出かけていったようだ。秘書（夏今日子）から訪
　　　　問者の来訪を知らされるが、それを断って高木と歓談、鱶川は追善会への参加を快諾する。

　　　　…平和不動産という看板のある事務所（他にも“××急行”などという看板や文字があるので、
　　　　不動産業や運送業なども行なっているのでしょう）。ここは以前、英次がいた双葉組の事務所で
　　　　ある。その表にある掲示板にビラを貼っている初老の男は、親分である柳大蔵（河上信夫〔後に
　　　　喜史朗〕）。呉羽組の子分（黒田剛）が、追善会の通知状を鉄次に渡して帰っていく。

　　　　民平　「三下までナメてけつかる。“お暇でしたら”とは何でえ」

　　　　英次がいてくれたらと嘆く民平。そこへテレビのセールスマン（近江大介）がやってくる。

　　　　…高木のマンションでは、テレビにボクシング中継が写し出されている。浴室から那美が出てく
　　　　る。ドレッサーの前に座る那美に言い寄る高木だが、拒否される。ベッドに腰掛けながら髪を拭
　　　　く那美。

　　　　高木　「畑中に義理を立てようって言うんじゃねえだろうな」
　　　　那美　「バカね。何言ってるのよ。今さらあんな男がどうしたっていうの。でも今夜はダメよ」
　　　　高木　「那美」
　　　　那美　「なあに？」
　　　　高木　「畑中とおまえに何にもなかったってのは本当なんだろうな？」
　　　　那美　「そうよ。キスもしなかったわ。…あなたのものよ」

　　　　そう言って高木とともにベッドに沈む那美の目から涙が流れ落ちる。

　　　　※台本では西川が歌舞伎座の楽屋へ河内山宗俊の扮装をした役者の歌村（伊藤寿章〔後に澤村昌
　　　　之助〕）に追善会の通知状を届けるシーンがあるようです。歌村の弟子が登場するのは、このシ
　　　　ーンのみなので、クレジットされている川村昌之さんの出演シーンは完成作品ではカットされて
　　　　いるのでしょうね。

◆

　　　　…バー“ベラミ”。高い支払いをシブッた客（柳瀬志郎）。ママの夏子（木室郁子）に代わり、
　　　　健が金を取り立てることに（笑）。

　　　　健　　「何わめいてんだよ。真っ昼間からタコが酢飲んだみたいなツラしやがって（客から請求
　　　　　　　　書を引ったくる）。安いじゃねぇか、随分」
　　　　客　　「何を！？」
　　　　夏子　「サービスしてあげたのに絡まれたんじゃ、かなわないわ」
　　　　客　　「フン、デタラメだよ。この千円は何だよ、千円は」
　　　　健　　「てめえ、何食ったんだよ」
　　　　客　　「刺身と×××（判明せず）だよ」
　　　　健　　「おめえの注文に応じて魚河岸からハイヤーで買ってきたのよ。包丁だってまな板だって
　　　　　　　　使うたびに減価償却しなきゃならねぇしな…」
　　　　夏子　「そうよ」
　　　　客　　「五百円は？」
　　　　健　　「指名料よ。時価だ」
　　　　客　　「そんな無茶な…」
　　　　健　　「アヤ付けようってのかい！？。ちょっと来やがれ」

　　　　健は客を店の表へ連れ出し、横っ面を叩いてサイフを奪う。中身を見ながら…

　　　　健　　「シケた野郎だな。足ンねえけど、まぁイイよ。あとは俺が払っとかぁ」
　　　　客　　「有難うございます」
　　　　健　　「このへん来て、もし何かあったら、俺ンところへやってきなよ」
　　　　客　　「はい」
　　　　健　　「“呉羽組の健”って言やあ、すぐ判らあ」
　　　　客　　「健さんですか。よろしくお願いします。どうも…」

　　　　慌てて去っていく客。その様子を見ていた英次が笑いながら、健にゆっくり近付いてくる。

　　　　健　　「うっとうしい野郎だなあ。ニヤニヤ、電信柱みてえに突っ立ってっと、犬に小便、ひっ
　　　　　　　　かけられっぞ」
　　　　英次　「なかなかやるじゃねえか。え？、健坊」
　　　　健　　「俺はてめえにそう気安く呼ばれる覚えはねえよ」
　　　　英次　「へへ（笑）」
　　　　健　　「ちょっと、面、貸してくれ」

　　　　無言で英次が画面のこちら側に近付いてくる。場所は建設工事現場（※2→）。健はボクシング
　　　　スタイルでかまえる。
　　　　（→※2　yujiroさんのお話では、ここは京橋三丁目あたりだということ）

　　　　健　　「さあ、来い！」
　　　　英次　「何のマネだ？」
　　　　健　　「怖じ気づいたのかい？」
　　　　英次　「それより俺は、おまえに聞きてえことがあるんだ。誰の指図で俺をつけて歩くんだ？。
　　　　　　　　コソコソとみっともねえぜ」
　　　　健　　「大きなお世話よ。みっともねえのは、てめえのほうじゃねえかい。親分、闇討ちしやが
　　　　　　　　ったくせに」
　　　　英次　「おめえ、高木の鼻薬がヤケに効いたもんだな」
　　　　健　　「何だと！」
　　　　英次　「見当違いもほどがあるぜ。親分、撃ったのは俺じゃねえ。高木のほうだ」
　　　　健　　「いい加減なこと、言うない！」
　　　　英次　「待て！」

　　　　格闘になるが、英次のほうがかなり優勢。殴られた健は、建設用の資材の袋の山に突き飛ばされ
　　　　、粉だらけになる。そこでナイフを取り出した健だが、それをかわした英次に投げられ、ドラム
　　　　缶に当たる。ナイフを拾う英次。

　　　　英次　「はは（笑）」
　　　　健　　「殺せよ。勝手にしやがれ！」
　　　　英次　「健、わめくな！。いいか、俺の言うことをよく聞くんだ（ナイフを健のほうへ投げ捨て
　　　　　　　　る）。俺はな、おまえが何が証拠で思い込んでるか知らねえが、絶対に人殺しじゃねえ
　　　　　　　　ぞ。三年前、俺はおまえとおんなじようだった。考えてみりゃ、くだらねえ人間よ。で
　　　　　　　　もな、人を闇討ちするほど、ヤクザじゃなかったぜ。それにな、死んだおたくの組長さ
　　　　　　　　んには恩義があったんだ。その俺が、恩を仇で返すわけがどこにある。しかしまぁイイ
　　　　　　　　さ、今のおまえには昔のことなんか、どうだってイイさ。それより、早いとこ、足を洗
　　　　　　　　うんだな。おめえら、そっくり返ってイイ気になってるけど、世間じゃ人間のクズぐれ
　　　　　　　　えにしか、思っちゃいねえンだぜ」

　　　　英次は粉だらけの健の服を手ではらい、立たせてやる。悔しそうに去りながら、健は力なく捨て
　　　　ゼリフを吐く。

　　　　健　　「覚えてやがれ…」

　　　　…万福軒のあるビルの屋上。右手の甲にハンカチを巻いた英次と、洗濯ものを干す昌子。昌子は
　　　　英次のことを信じていると話す。

　　　　英次　「この街も変わらねえなあ。薄汚なくて…でもこのへん（胸に手を当てる）が締め付けら
　　　　　　　　れるように懐かしいや」

　　　　刑務所内では、昌子から届く手紙で冷やかされたと話す英次。恥じらいながらも、堅気者になる
　　　　ことを勧める昌子。

　　　　昌子　「イイものよ、働くって。働いて疲れたらグッスリ眠るの。するとまた朝が来るの。こん
　　　　　　　　なすすけた街だって、箱庭のように綺麗に見えてくるわ。だから私は好きよ」

　　　　鉢植えの花を持ってきた木内も、二人の雰囲気にその場へ出ていくタイミングをハズされて、居
　　　　心地が悪そうだ。その木内が去った後、昌子がエプロンの中からリンゴを出して、英次に投げ、
　　　　そのまま階下へ。リンゴを受け取った英次は、それを幸せそうに握り締める。

◆

　　　　呉羽組が所属する上部組織は東雲会という組織で、理事長は馬瀬朝次郎（東野英治郎）。他に数
　　　　人の理事（山之辺潤〔後に潤一〕、伊丹慶治、峰三平）がいます。高木はこの理事会に依頼して
　　　　あったらしい英次への破門状を受け取る。その後、高木は、破門状を店に呼びつけた英次に渡す
　　　　。その場には、那美もいて、英次が翌日限りで所払いにされることを知る。

　　　　高木　「明日の晩限りだぜ、東京も。まあ、達者で暮らせよ」

　　　　例え薄汚ない街ではあっても、追い出されることには納得出来ない英次の表情が険しくなる。

　　　　…双葉組の事務所では、鉄次と民平、テレビを売りに来たセールスマンが酒盛りをしている。

　　　　男　　「人間、落ち目になりたくないもんですなあ」
　　　　鉄次　「判るか？」
　　　　男　　「はあ、判ります。もう一杯…」
　　　　民平　「おう（一升瓶から酒を注いでやる）」
　　　　男　　「あー…あ、どうも」
　　　　鉄次　「たった三人か…」（誰かが入ってきた様子である）
　　　　民平　「お！、どうやら四人らしいぜ！」

　　　　そこへ英次が入ってくる。外は風が強くなってきているらしい。

　　　　民平　「なあ、兄貴。頼む！。兄貴が食らい込んでから三年間ってものはなぁ、高木にシマ〔縄
　　　　　　　　張り〕取られて、手も足も出なくてよう…おらぁ、悔しくてねえ。今夜だけでもイイか
　　　　　　　　ら、スーッと胸ン中、晴らしてもらいてえもんだ。な！」
　　　　英次　「親分衆も集まるのかい？」
　　　　鉄次　「そりゃもう、全部ですわ」
　　　　英次　「俺、会って、話してえことがあンだ」
　　　　鉄次　「行くか？」
　　　　英次　「行く！」
　　　　民平　「ひゃっはっはっは、今夜の鉄火場は荒れっぜ！。ええ、網走の風が吹きまくってよ！。
　　　　　　　　おうっ！（セールスマンの肩を叩く）、テレビでも洗濯機でも持って来いっ！」
　　　　鉄次　「バカ！。早えとこ、コマ（博打の資金のことでしょう）集めるんだ」
　　　　民平　「へい」

　　　　…その頃、病院で新田に診察してもらっている高木。心筋にやや障害があるらしい。そこで新田
　　　　が怪しげな儲け話を高木に持ちかける。絶対にバレない完全犯罪だが、自分一人では行なえず、
　　　　しかも資金がないという。明後日が期限で、百五十万円ほどの資金が必要らしい。

　　　　高木　「安全度は？」
　　　　新田　「プランは完璧です。どうですか？。もう手を延ばせば取り放題ってところまで来てるん
　　　　　　　　ですがねぇ」
　　　　高木　「誰でも実に簡単にそう言うが、結局は大抵、捕まって弁護士を儲けさすことになるんだ
　　　　　　　　よ」
　　　　新田　「ようは持って行き方次第です。明日までにご返事ください。期日は明後日に迫っていま
　　　　　　　　す」

　　　　そこへ新田の知人らしい外国人・グリーン（ポール・ラフロ）が、看護婦さんとともに訪ねてき
　　　　て、儲け話の相談はそれまでとなる。

　　　　…その夜、英次たちは車でホテルへ向かい、そこのボーイらしき男に裏口から別の車に乗り換え
　　　　るよう指示される。その後、賭場（どこかの料亭らしい）に着いた英次は、その応接室で、馬瀬
　　　　に対して、いわれのないもの（破門状）を受け取ることは出来ないと言い放つ。

　　　　馬瀬　「“黒”と決まったものを、なぜ“白い”と逆らうんだ！？。おめえ、仁義をはき違えち
　　　　　　　　ゃ、いねえか？」

　　　　しかし、他の理事の取りなしで、その夜の博打には加わることになった英次たち。そこには親分
　　　　衆や、高木とその子分である永田や西川、健たち、役者の歌村や鱶川謙三、鱶川の秘書、それに
　　　　新田など、大勢の客（久松晃〔後に洪介〕、村田寿男、井東柳晴、加原武門、堺美紀子、高野誠
　　　　二郎、千代田弘、三笠謙〔後に池沢竜〕、市原久照〔後に久〕、立花泰子、柳寿子、弓月真理、
　　　　他）がいる。柳も同席している。外は本格的に荒れ模様になってくる（このあたり、タイトル通
　　　　りの絵柄ではありますが、特に意味はなさそう…笑）。花札によるカブが行なわれるが、鉄次が
　　　　胴を取る西川の札さばきにケチを付ける。

　　　　西川　「鉄次さん、聞き捨てならねえことをおっしゃいましたな。何を証拠にあたしの胴にケチ
　　　　　　　　を付けたんだね」
　　　　鉄次　「証拠のないことを言ったらイカンちゅう法律でもあるんかい？（このセリフは、英次の
　　　　　　　　冤罪についても言及しているのでしょう）」
　　　　西川　「何だと！？」

　　　　英次は、西川が背広を着ているのに座布団を敷いていることもおかしいと言い出すので、ついに
　　　　西川はドスを抜いて飛びかかってくる。馬瀬が割って入ってその場を納め、しかしながら集まっ
　　　　た人たちに迷惑をかけた責任を取るため、因縁のある呉羽組と双葉組とで勝負をすることを提案
　　　　する。サイコロによる丁半博打になり、高木と英次が勝負をする。思わぬ長い戦いになり、休憩
　　　　が入る。廊下で休む英次に、民平が洗面器に水を入れて持ってくる。顔を洗う英次。その場を離
　　　　れず、賄いの男たち（瀬山孝司、伊豆見雄〔後に英輔〕、小林亘、他）が運んで来た食事にも手
　　　　を付けない西川を見て、民平は、

　　　　民平　「野郎、メシも喉に通らないってやつですぜ。兄貴、何か好きなもんでも作らせましょう
　　　　　　　　か？」
　　　　英次　「食いたくねえな。あ、ビールでも持って来い」
　　　　民平　「へぃ」

　　　　後半、賭ける額面が大きくなり、負け続ける英次の資金がなくなってくる。鉄次が金策に走り、
　　　　その二百万円が最後の金となる。柳は賭け金の足りない分は、残りの組の縄張りを差し出すと言
　　　　う。ところが、最後の勝負にも負けてしまう英次。しかし、休憩の間にも西川がその場から動か
　　　　なかったことを思い出し、彼を無理やり立ち上がらせる。そこにはイカサマのサイコロが。

　　　　※台本にある英次が西川に切る啖呵は、こうなっているようです。
　　　　「この半チク野郎！、なんだってんだ、この様〔ザマ〕ア！。見様見真似で覚えたイカサマぐ
　　　　れえで俺の目、誤魔化〔マス〕ろうったってそう旨〔マブ〕い具合にやいかねえぜ。生命張って
　　　　博奕打〔ブショ〕ねる時ぐれえは、男らしくしやがれ！。お前は今まで、こんなイカサマして来
　　　　たのか。ええっ、これで貴様のヤリ口がはっきり見てとれたぜ。三年間、身代〔スカテン〕くら
　　　　ってもな、お前なんかに、ブルかんでスッ込んでる俺じゃアねえ、憶えときな！」

　　　　イカサマのサイコロを手に取り、投げ捨てた英次は、馬瀬に向き直り、

　　　　英次　「おじき、これでも（黒を）白と言われれば、言わなきゃならねえのがヤクザの仁義です
　　　　　　　　かい？。そんな仁義だったら、こっちからご免こうむりやす」

　　　　英次はそう言いながら、破門状を破り捨て、他の客たちに挨拶をして去ろうとする。

　　　　英次　「親分衆、ご一党さん、ご列席、わけて新面の方々に申し上げます。もっと実のある筋金
　　　　　　　　の通ったものがヤクザ渡世だと思ってまいりやした。しかし、今となって、こんなカタ
　　　　　　　　リの暮らし、嫌気がさしやした。世間の醜さとちっとも代わらねえじゃねえスか。今日
　　　　　　　　限り、足を洗わせていただきやす」

　　　　去ろうとする英次に、呉羽組の男たち（光沢〔後に光〕でんすけ、他）が襲ってくる。一通り乱
　　　　闘が治まった後、馬瀬は高木に対して、双葉組へ賠償金を支払う約束をさせる。三百万円しかな
　　　　いと言う高木に対し、一千万円あまりが申し渡され、支払えない場合には、高木の営むキャバレ
　　　　ーなども奪われることに。ガックリして部屋に一人残った高木の前に新田が現われる。窮地に立
　　　　たされた高木は、新田の計画に乗ろうとする。

　　　　…万福軒の階上の部屋で眠っている英次。昌子が入ってくる。昌子は英次に布団をかけてやり、
　　　　静かに出ていく。そっと目を開けた英次は、宙を見据えて何かを考える。

◆

　　　　高木の事務所。新田が現われ、計画を話し始める。どうやら、プロ野球の試合が行なわれる球場
　　　　から、その売り上げ金を奪う計画のようだ。新田の計画では、球場の電話線を細工する人間が二
　　　　人、球場へ現金を取りに行く人間が二人、計四人が必要だと話す。電話線を細工するのは、新田
　　　　の知人である武本寛（土方弘）、その見張り役は高木が行なうことに。球場へ入るのは、新田と
　　　　もう一人は万一の場合に備えて射撃が得意で信用の出来る男が必要だということになる。

　　　　高木　「健がイイだろう。腕は確かだ」

　　　　資金を計算すると五十万円余るので、高木は不思議に思い、新田に問う。

　　　　新田　「万一の場合、あたしとあなたが逃げる旅費です」
　　　　高木　「どこへ？」
　　　　新田　「任しといてください。プランは完璧です」

　　　　つまり新田は、武本と健は連れていかない考えのようだ。

　　　　…渓谷の河原でビール瓶に向けて三発、銃を撃つ健。高木は計画のことを話し、仲間に加えよう
　　　　とする。呉羽組のためにやってくれ（表向きは、双葉組への支払いのためである）と頼む高木。
　　　　悩む健。

　　　　…バー“ベラミ”で酔い潰れる健。ママ・夏子から、英次が探していたことを告げられる。

　　　　健　　「チェッ！、野郎のケツを追いかけ回すなんて、随分、色気のねえ奴だ…」

　　　　…万福軒。健が入ってくる。その声を聞きつけて階上から英次が降りてくる。

　　　　健　　「出てこい！」
　　　　英次　「酒呑んでヘベレケにならなきゃ、来れねえのか？」
　　　　健　　「何がヘベレケだよ。俺はなあ、ウイスキー二本呑んで風呂入ったって、何ともねえンだ
　　　　　　　　い！」
　　　　英次　「つまんねえハッタリは、よしな。おい、朝から今まで高木とどこほっつき歩いてた？」
　　　　健　　「どこ行こうと、俺の勝手よ」
　　　　英次　「何かあったな？」
　　　　健　　「（昌子の差し出す水をハネ退けて）…いらねえよ！、水なんか。何にもいらねえやい。
　　　　　　　　命だって惜しかねえよ。誰にでもくれてやらあ！」

　　　　そう言って千鳥足で店を出る健は、「♪ふるさと捨てたじゃないけれど、何でこのまま帰らり
　　　　ょか～」と歌いながら去る（このメロディーは“練鑑〔ネリカン〕ブルース”ですが、作詞／関
　　　　沢新一、作・編曲／中村八大、歌／守屋浩の“達者でいるかよお母さん”という題名の歌のよう
　　　　です。レコードデビュー前の赤木圭一郎さんの貴重な歌声かもしれません）。それを追う英次だ
　　　　が、その前に永田たちが現われ、乱闘になる。英次は柱の陰に隠れていた西川に銃の握りで後頭
　　　　部を殴られ、気を失ってしまう。

　　　　…高木の店のガレージ。椅子にくくられた英次がいる。入ってきた高木は、健だけを残し、他の
　　　　子分どもを引き上げさせる。

　　　　高木　「こいつのところへ何しに行った？」
　　　　健　　「片付けようと思いまして…」
　　　　高木　「そうか」

　　　　そこで高木は、ついに親分殺しを自供する。元の親分もこの部屋に監禁して撃ち、その後、アパ
　　　　ートに運び、もう一度撃ったという。もちろん高木は、筋書きを知った英次を生かしておくはず
　　　　はない。

　　　　英次　「消そうってのかい？。死んだ親分に会ったら、よろしく言っといてやらあ」

　　　　置かれたオートバイのエンジンをかける高木は、その音で銃声を消そうというのか、健に英次を
　　　　射殺するように命令する。しかし、英次を撃つことは出来ない健は、高木と揉み合いになる。椅
　　　　子から転げ落ちた英次とも揉み合う。高木が銃を拾い、英次を撃とうとするが、入ってきた新田
　　　　が制止する。翌日の計画のために、はやまったことをするなと言う。一睡もせず、人殺しまでし
　　　　た血迷った頭では、何も出来ないだろうと説得する。そこには武本も来ていて、翌日の計画の打
　　　　ち合わせをすることにして、高木たちは退室する。最後に出ていく健は、ナイフを取り出し、英
　　　　次の座っていた椅子に投げつける。ナイフは木製の椅子の座席に突き刺さり、怪しく光る。

　　　　※台本には英次が拉致されて帰って来ないので、木内父娘が心配するというシーンがあるようで
　　　　す。そこに店の客として、“銀座のチャンネエＡ・Ｂ”が登場するそうで、おそらくそれがクレ
　　　　ジットはされているのに出演シーンがはっきりしない峰品子さんと久木登紀子（後に香取環）さ
　　　　んなのではないでしょうか。そのシーンは、台本では以下のようになっているそうです。

　　　　シーン65　万福軒の店内

　　　　銀座のチャンネエＡ（峰品子）とＢ（おそらく久木登紀子〔後に香取環〕）たちが、気焔を上げ
　　　　飲んでいる。

　　　　銀座のチャンネエＡ「全てこの世は、アチャラカ・パーよ」
　　　　銀座のチャンネエＢ「忘れまショ。飲んで最高に泣くのヨ」

　　　　見ている昌子の所へ、奥から木内が出て来る。

　　　　木内　「畑中、帰ったか？」
　　　　昌子　「まだよ」
　　　　木内　「何してやがるんだ、毎晩」
　　　　昌子　「きっと何かあったのよ」
　　　　木内　「もうどうなったって知らねえぞ。今度帰って来たら、縄でその辺へ縛り付けとけ。（銀
　　　　　　　　座のチャンネエたちに）家で心配してるぞ、いい加減で帰れ！」
　　　　銀座のチャンネエＡ「何言ってやんでぇ、ハゲちゃんの田舎者〔カッペ〕！」
　　　　木内　「フン、どいつもこいつも（…ブツブツ言いながら奥へ）」

　　　　昌子、心配顔で考え込む。それをじっと見つめているマリー。

◆

　　　　…翌日、ガレージに西川が入ってくる。

　　　　西川　「おい、少しはこたえたかい？」
　　　　英次　「睡眠不足だ」
　　　　西川　「ふん、そのうちゆっくり眠らせてやるから辛抱しな」

　　　　寝返りをうった英次の体の下からナイフが現われる。不思議に思った西川がそれを取り上げた瞬
　　　　間、すでに自由の身となっていた英次が飛びかかり、西川を何度も殴りつけて去っていく。その
　　　　足で、英次は那美を訪れる。

　　　　英次　「高木は？」
　　　　那美　「今朝、新田さんと出かけたわ。どうしたのよ、いったい…」
　　　　英次　「高木はついに泥を吐いたぜ」
　　　　那美　「え！？」
　　　　英次　「どこへ行きやがったかな、あの野郎…」

　　　　…プロ野球の試合が行なわれている川崎球場（当時の大洋ホエールズの本拠地。劇中のアナウン
　　　　スでは、大洋ホエールズ対レッドウイングスというチームの対戦のようです。また、まとけんさ
　　　　んのお話では、外観は川崎球場ですが、内部のシーンは後楽園球場ではないかとのこと）の前に
　　　　停めた車の中で待つ新田と健。そのそばでは、電話工事に見せかけて、高木が見張る中、武本が
　　　　マンホールから地下に潜り、電話線に小さな爆破装置を設置する。午後二時半までが勝負だとい
　　　　う新田は、銀行員に化けて、ジェラルミンケースを持って健とともに球場の中へ向かう（経理の
　　　　部屋から出て来た警官に扮しているのは、玉井謙介さん）。その頃、英次は“ベラミ”へ行った
　　　　りして健の行方を探している。球場内の経理部の部屋へ着いた新田と健。そこでは係長（神山勝
　　　　）と三人の男性（河瀬正敏、三浜元、阪井幸一郎〔後に幸一朗〕。全員クレジットなし）と二人
　　　　の女性（漆沢政子〔クレジットなし〕、他）が売上げ金を集計している。新田は、そこの責任者
　　　　で課長である日守（三島雅夫）に挨拶をする。いつも来る吉川は病気で休んでいるため、大阪か
　　　　ら赴任したばかりの自分が代わりにやって来たと説明しながら、新田は神田という名義の名刺を
　　　　差し出す。ソファに座った健がタバコを吸おうとするが、ライターの火が着かない。日守は、火
　　　　を差し出すため身を乗り出すが、その時、健の懐に吊された銃を発見する。それでも平静を装う
　　　　日守。新田と健は、売り上げ金をジェラルミンケース二個に詰め始める。部屋の電話のベルが鳴
　　　　り、警備の警官・塩原（八代康二）が受話器を取る。その頃、球場の表で武本の口笛が気に入ら
　　　　ず、イライラしている高木。

　　　　※台本では、万福軒の屋上でのシーンや賭場から戻った英次が横になっているシーンで聴こえる
　　　　トランペットの音は、武本が吹いていたものであるとされているそうです（偶然、近所に住んで
　　　　いたわけです）。トランペットの音は、武本の吹く口笛と同じメロディーのようです。

　　　　…二時半を合図に武本が電話線を切るための爆破装置のスイッチを入れる。受話器を持っていた
　　　　警官は、電話が不通になったのを不信に思う。部屋を出て行こうとする新田たちだが、警官の銃
　　　　を取り出した日守にホールドアップされる。実は日守は健の銃を見る以前から、新田たちを怪し
　　　　んでいたのだった。

　　　　日守　「全くうまく化けたもんだ。わしも最初は信用したぜ。しかし、君は名刺を出した時、少
　　　　　　　　しわしに近付きすぎたようだな。これはクサいと思った…銀行員の手からホルマリンの
　　　　　　　　匂いがするわけないからな。わしはその匂いが病的に嫌いなんだ。それで悪いほうの勘
　　　　　　　　が働いたってわけさ」
　　　　新田　「犬みてえな野郎だな。後で吠え面かくな！」

　　　　健が素早く銃を抜き、警官を撃つ。日守は撃たれた警官が落とした銃を拾い、健を撃つ。健は日
　　　　守を撃ち、日守の腕を傷つける。傷つきながらも新田とともに逃げる健。球場の表の車で待つ高
　　　　木と武本。そこへ新田たちが数人の警備員たちに追われながら逃げてくる。足手まといになった
　　　　健に、もう一発、弾丸を食らわせる高木。高木たちは車で逃げ、健もタクシーを奪い、朦朧とし
　　　　ながら走り出す。

　　　　…万福軒に重傷の健が入ってきて倒れ込むが、ポン引松やマリーたちに助け起こされる。救急車
　　　　を呼びに行く途中の五郎は、チンピラＡ・Ｂに健の行き先を尋ねている英次に出会い、万福軒へ
　　　　急行させる。…取りあえず木内たちに応急手当をされた健だが、かなり苦しげだ。

　　　　英次　「健、どうした！？」
　　　　健　　「あ…兄貴、すまねえ。俺がバカだったよ。た…高木に…」
　　　　英次　「何！？、高木が？」
　　　　健　　「ちくしょう…」
　　　　英次　「金を持って奴ら、どこへ逃げた？」
　　　　健　　「わ…判らねえ。けど、まだ、ち…近くに…」
　　　　英次　「（マリーが運んだグラスの水を健の顔にかけ、覚醒させて）…大したことはねえぜ！」

　　　　そう言い放って、英次は“モンパルナス”へ行き、那美の楽屋へ入っていく。

　　　　英次　「いいか、驚くんじゃねえぞ。高木はな、新田と共謀して野球場を襲ったぜ。今、健の野
　　　　　　　　郎がやられて俺ンところへ転がり込んで来た。高木の逃げ場所が判らねえんだよ。何か
　　　　　　　　心当たり、ねえかい？。奴が何か言ってなかったかい？」
　　　　那美　「（少し考えて）…夕べ寝る時に、今夜はずっとこの部屋にいるようにって。今朝も念を
　　　　　　　　押して出て行ったわ」
　　　　英次　「どうする？、万一、電話がかかってきたら。どうせ高飛びだ」
　　　　那美　「…」

　　　　…病院。酸素マスクを口に当てられた健が、英次や木内たちに見守られ看護婦（淡月梨花？〔ク
　　　　レジットなし〕）に酸素マスクをあてがわれながらベッドに横たわっている。英次が目をつぶっ
　　　　たままの健に声をかける。

　　　　英次　「おい、判るか？」
　　　　健　　「兄貴…オヤジさん。なあ、兄貴…俺あ、本当は兄貴や…殴られたって何されたって、俺
　　　　　　　　…」
　　　　英次　「健、おかげで昨夜は命拾いしたぜ」
　　　　健　　「何のこったい？」
　　　　英次　「トボけンな、健。しっかりしろ」
　　　　健　　「死にやしねえよ。これからは仲良く頼むぜ。…。…日が沈んでいく。…綺麗だ。…真っ
　　　　　　　　赤だぜ。見ろよ…」
　　　　英次　「健！」
　　　　木内　「おい！」
　　　　英次　「健！、しっかりしろ！。健！」

　　　　息を引き取った健を残し、英次は病室を出る。そこへ那美がやってくる。

　　　　那美　「畑中さん…」

　　　　妙に他人行儀に英次に声をかける那美。

　　　　那美　「高木から電話があったわ。あたし一人で行くつもりだった」
　　　　英次　「一人で？。何しに？」

　　　　バッグの中から銃を取り出す那美。仕方なさそうに見つめる英次。

　　　　那美　「どうしても勇気がないの。一晩中、歩き通したわ。畑中さん…捕まえて！」

　　　　※果たしてこの“捕まえて！”は、高木のことをなのか、那美自身のことをなのか、微妙なセリ
　　　　フではないかと思うのですが、どうでしょう？。

　　　　英次　「奴はどこで待ってンだ？」
　　　　那美　「立川街道の三本杉っていうバスの停留所よ。高木は新田と沖縄へ逃げるらしいの。飛行
　　　　　　　　機で。…危ない時に使ってちょうだい（銃を英次に渡す）」

　　　　余談ではありますが、Web@作者はこのシーンでの北原三枝さんがとても美しく見えるのです
　　　　…いや、いつもお綺麗ですが（笑）、ここでは特に。

　　　　※台本では、このシーンの前に、夜、那美が万福軒を訪ね、昌子から健のことを聞くシーンがあ
　　　　るようです。予告編にはそのカットが収録されています。確かにそのシーンがなければ、那美が
　　　　どうして病院へ来たのか、はっきりしませんね（笑）。そのシーンは、台本では以下のようにな
　　　　っているそうです。

　　　　シーン112　万福軒店内（夜）

　　　　深夜ガランとして静かである。昌子が奥のテーブルに座ってじっとしている。ハンカチで手を拭
　　　　きながら、マリーが近づいて、

　　　　マリー「何ボンヤリしてンの？。心配そうな顔してさ」
　　　　昌子　「なんでもないわ」
　　　　マリー「嘘…畑中さんの事だろ？。隠してもちゃあんと顔に書いてある」
　　　　昌子　「…（図星である。赤らむ）」

　　　　暗い入口から、那美が影の様に入って来る。話し声に立ち止まる。

　　　　マリー「判りしろぃ。畑中さんが好きなら好きって言っちまえば、胸の中がスーッとなるぜ」
　　　　昌子　「（笑って）まァ、ひどいわ」

　　　　じっと聞いている那美。うつむいている昌子。その純な横顔をじっと見つめてポツンと侘しく。

　　　　マリー「…いいわね」
　　　　昌子　「…ええ？」
　　　　マリー「フフフフ、じゃあしっかりするのよ。（立ち上がり、歌いながら去る）♪星ィは何でも
　　　　　　　　知っているゥーか」

　　　　那美、入って来る。昌子に近づき、

　　　　那美　「…畑中さん、いらっしゃいません？」
　　　　昌子　「…今、望月病院へ行ってますけど」
　　　　那美　「…そう」
　　　　昌子　「…（ハッとして）あの…あなたは、那美…さんですね？」
　　　　那美　「…ええ」
　　　　昌子　「…何か（…と立ち上がる）」
　　　　那美　「…（曖昧に）別に大した用事じゃありませんの…（見つめて）あなた、幸せそうね？」
　　　　昌子　「…（見つめる）」
　　　　那美　「…私、畑中さんとは、何にもなかったのよ。本当に…信じてちょうだい」
　　　　昌子　「…はい」
　　　　那美　「…（微笑して）畑中さんと、仲良くしてね」
　　　　昌子　「…はい」
　　　　那美　「…じゃあ」

　　　　那美、握手すると出て行く。

　　　　昌子　「那美さん」

　　　　振り返る那美。昌子、近寄り、感動の眼差しで見つめる。那美、微笑して頷くと去る。じっと、
　　　　いつまでも見送る昌子…。

　　　　…このシーンはあったほうが良くないですか？。那美が、英次にはごく普通のささやかな幸せを
　　　　手に入れてほしいと思っていることがよく判りますよね。不良娘であるはずのマリーにもイイと
　　　　ころが用意されていますしね。

◆

　　　　米軍の飛行機が飛び交う立川基地そばの青梅・立川街道三本杉バス停。その五王バスのバス停そ
　　　　ばのドライブイン“FUJI”（主人に扮しているのは、衣笠一夫〔後に真寿男〕さん〔クレジット
　　　　なし〕）の前で、高木が来るのを待っている新田。そこへ高木の車が着く。高木の口ぶりでは、
　　　　どうやら武本までも始末したらしい。

　　　　新田　「ずいぶん待ったぜ。武本はうまく行ったか？」
　　　　高木　「往生際の悪い野郎でな、手間を食ったぜ」
　　　　新田　「行こう！」
　　　　高木　「ま、待ってくれ。那美を呼んだんだ」
　　　　新田　「何！？。知らないな、そんな話。足でもついたらどうするんだ！？」
　　　　高木　「俺の言う通りにするんだ」

　　　　高木に脅され、新田はイライラしながらも、ドライブインに入り、そこから米軍基地内のグリー
　　　　ンに電話する。彼は以前、高木が診察をしてもらっていた時に新田を訪ねてきた外国人だ。新田
　　　　は乗組員が三人になったことをグリーンに告げる。それを承諾するグリーン。あと十分くらいで
　　　　飛行機は出発する予定なので急がなければならない。慌てる新田は、一人で行こうとするが、高
　　　　木に銃で制止されてしまう。バスがバス停へ近付き、停車する。那美が降りてきて、バスの正面
　　　　へ回って姿を見せる。ホッとする高木。

　　　　高木　「那美、早くしろ、那美！」

　　　　高木は自分の車に乗るように、道の向こう側の那美に声をかける。

　　　　高木　「那美！。那美、ここだ！（ドアを開けながら）」

　　　　しかし、なぜか動こうとせず高木を睨みつける那美。那美の背後では、発車したバスが砂煙を上
　　　　げて走り去る。走り去ったバスの陰から、バス停に虚しく立つ英次の姿が現われる。驚く高木。

　　　　英次　「高木、これが最後だぜ。もうどこへも行きやしねえ。へへ（笑）、潔く諦めるんだな」
　　　　高木　「そうか、貴様らはグルだったのか！」

　　　　高木が撃つ。英次と那美は、道路の後ろの畑（大根畑らしい…笑）に飛び降り、身を伏せる。銃
　　　　撃戦になる。トラックが数台走ってくるので、それが通り過ぎる隙に道路に上がった英次だが、
　　　　左腕を撃たれてしまう。慌てて飛び出した那美は、自分の体を呈して英次を庇う。米軍機の爆音
　　　　が響く中、高木の銃は弾丸が詰まってしまう。新田が撃ってくる。反撃する英次は新田の右足を
　　　　撃ち抜く。倒れる新田。なおも二発撃つ英次。それにより、高木の車の後部が火を吹き、燃え上
　　　　がる。そして英次は、高木の銃を撃ち飛ばす。逃げる高木に追いすがった英次は、基地の柵の外
　　　　側の木立の中で、何度も高木を殴りつける。自分たちが乗る予定だった飛行機が離陸して飛び去
　　　　るのを見た高木は、頭から血を流しながら、ついに観念したのか、木に寄りかかり崩れ落ちる。
　　　　救急車や警察の車がやってくる。高木が担架で運ばれていく。ドライブインの前に立ち尽くす英
　　　　次と那美。

　　　　英次　「また二人になったな…」
　　　　那美　「ええ…」
　　　　英次　「これからどうする？」
　　　　那美　「昌子さんを幸せにしてあげて。昌子さんはあなたが好きなの。あなたはボンヤリだから
　　　　　　　　判らない…あたしたちも最初会った頃はそうだったわ…」
　　　　英次　「君はどうする？」
　　　　那美　「私？…もう一度出直すの。それから別の人を探すわ。あなたのような…」

　　　　刑事が近付いてきて、那美を同行させる。那美は右手の皮手袋をはずし、英次と握手をする。

　　　　那美　「さようなら…」

　　　　パトカーのほうへ向かう那美、パトカーの横で英次を振り返り、もう一度つぶやく。

　　　　那美　「さようなら…」

　　　　パトカーに乗り込む那美と刑事。それを見送る英次。ここで主題歌の三番が流れます。

　　　　♪流れ雲　運命〔さだめ〕賭け　俺は生きてゆく
　　　　　涙ぬぐえば　悲しみだって消え去るよ
　　　　　果てるあてなき　さすらいも
　　　　　せめて微笑み　歌おうじゃないか
　　　　　ああ　俺は最果てから来た男さ

　　　　別の刑事（紀原耕〔後に土耕〕）が近付き、彼にうながされて英次は車に乗り込む。それを撮る
　　　　カメラは上の方へ昇って行き、俯瞰から去って行く車をとらえます。車は彼方へ遠ざかって行く
　　　　。終。

◆ ◆ ◆

　　　　…無実の罪に陥れられた主人公が、真実を暴き、自分自身の存在を取り戻すという、いかにも日
　　　　活映画らしい顛末は、よく見る図式なのかもしれませんが、単細胞であるWeb＠作者は胸が熱
　　　　くなります。中では、主人公と北原三枝さん扮する女性歌手との関係が、それほどは深く描かれ
　　　　ていないので、このあたりが少し説明不足であるような気もします。後年のムードアクション作
　　　　品なら、もっとこの二人の結び付きを見せてくれたかもしれません。また、石原裕次郎さんが、
　　　　若者相手に説教めいたことを口にするのは、どうもいただけない（やはり赤木圭一郎さんとの共
　　　　演作『清水の暴れん坊』だとか）とおっしゃる方も確かにおられると思いますが、作品の出来の
　　　　良し悪しはともかく、Web＠作者はこの作品はかなり好きです。

LAST UP DATE ◆ 2012年6月3日