赤木圭一郎は生きている激流に生きる男

使用している画像、その他の権利は全て、原権利者に帰属します。
映画・テレビドラマファン同志の楽しみのみを唯一の目的としたものであり、
利益を得たり、権利を侵害しようとするものではありません。

注）　他掲示板への転送など、画像の二次的な使用は厳禁いたします。

赤木圭一郎は生きている激流に生きる男

　　　　石原裕次郎さんのために用意されていた『激流に生きる男』は、石原裕次郎さんのケガのために
　　　　赤木圭一郎さんで撮影されることになったようです。しかしそれも赤木圭一郎さんの事故死によ
　　　　って、未完成となり、後に高橋英樹さん主演でやっと完成します。ここではその赤木圭一郎さん
　　　　で撮影されたフィルムを利用して作られた『赤木圭一郎は生きている激流に生きる男』を紹介し
　　　　ます。　《情報提供／サム・スペードさん／NOBOさん／bunさん、他》

◆ ◆ ◆

　　　　「この映画は昭和三十六年二月二十一日突然の事故で世を去った赤木圭一郎の遺作『激流に生き
　　　　る男』の未公開フィルムを紹介し、ありし日の赤木圭一郎を偲ぶ意図のもとに作られたものであ
　　　　る」という文字が出て日活マーク。まず登場するのは、『打倒』のボクシングのシーン（よく見
　　　　ると、最初に出てくるリングはせまく、次に出てくるリングは広いような？？？）。

　　　　…渋谷のハチ公前や新宿の喫茶店、柳花堂ブロマイド店、日活の映画館など、都内各地で、若者
　　　　に対して赤木圭一郎さんについてのインタビューが行われる。

　　　　「赤木圭一郎、愛称“トニー”。彼が我々の前から姿を消して、もう六年の歳月が流れる。しか
　　　　し彼のイメージは今なおファンの中に生きている。あの人なつっこい微笑、哀愁をにじませた淋
　　　　しい横顔、そしてあのきらめくようなアクションの数々。トニーは彼を愛した人の心に今でも生
　　　　き続けているのだ」。

　　　　波多野憲さんのナレーションが『邪魔者は消せ』の海岸での赤木圭一郎さんと清水まゆみさんの
　　　　共演シーンに重なります。バックに流れる歌は“追憶”。太陽のアップが写り、海岸も写る。タ
　　　　イトル。『赤木圭一郎は生きている激流に生きる男』

　　　　日本テレビ・ニュースフィルム。街を歩く赤木圭一郎さん。途中、ざるそばを食べたりします。
　　　　アナウンサーでしょうか、パーソナリティーが赤木圭一郎さんに、出身地や家族構成などを質問
　　　　します。続いて日活撮影所の通りやスタジオが写ります。男優の天草四郎さんの顔が見えます。

　　　　司会者「もし赤木さんがですね、その、映画スターになってなかったとしたら、何になっていた
　　　　　　　　と思いますか？」
　　　　赤木　「僕ですか？」
　　　　司会者「はい」
　　　　赤木　「そうだなぁ、何になっていたかな。日本にいなかったと思いますね」

　　　　▼

　　　　赤木　「船に乗りたくて船に乗りたくて、しようがなかったです」

◆

　　　　汽笛が鳴る。大成船舶埠頭事務所の看板が写り、タイトル。『激流に生きる男』（未完成作品）
　　　　。昭和三十六年二月五日撮影。大成船舶埠頭事務所にブラジル丸の臨時雇いとしてやって来た主
　　　　人公・槙（厳密には旧字の“槇”）竜太郎（赤木圭一郎）。事務所の職員（久遠利三）と話す。
　　　　事務員役として小柴隆（後に尋詩）さんも出演されているような？？？。

　　　　竜太郎「ブラジル丸の臨時雇いなんですが」
　　　　職員　「ブラジル丸？」
　　　　竜太郎「はぁ、二時に乗船しろって言われたもんで」
　　　　職員　「知らないんですか？。昨日、ドックへ入りましたよ」
　　　　竜太郎「は？」
　　　　職員　「出航予定は十日後に延期です」
　　　　竜太郎「冗談じゃない！。その間〔あいだ〕、どうやって暮らすんです？」
　　　　職員　「私に言っても無理ですな。とにかくここへ（メモを出してきて）連絡先を書いてくださ
　　　　　　　　い。予定が変更するようだったら、知らせます」
　　　　竜太郎「ありませんよ、そんなもの（連絡先）は」

　　　　港。さかえ（芦川いづみ）が振り返る。その瞬間、彼女の甥である利夫（江木俊夫）がタクシー
　　　　に轢かれそうになる。

　　　　さかえ「利夫ちゃん！」

　　　　そこへ現われた竜太郎は、利夫を助ける。

　　　　さかえ「利夫ちゃん…どうもすいません」
　　　　竜太郎「いや」
　　　　さかえ「有難うございました。（利夫に）…危ないじゃないの」

　　　　利夫を間にはさんで、三人は手をつないで歩く。さかえは南米にいる姉夫婦（しかし姉はすでに
　　　　死んでいるらしい）の留守を守って、ナイトクラブ“サファイヤ”を経営している。竜太郎はこ
　　　　の店が暴力団・黒岩興業に乗っ取られようとしていることを、店の若い者・次郎（杉山俊夫）か
　　　　ら聞かされる。

　　　　竜太郎「とんだ奴らに見込まれましたね」
　　　　さかえ「あたし、何だか、自信がなくなって…」
　　　　竜太郎「（何度も頷く）」
　　　　次郎　「俺はね、槙さん、マダムが気の毒でしょうがねえんだ」
　　　　さかえ「次郎ちゃん…」
　　　　次郎　「いくらしっかりしてるからって、ずっとお嬢さん育ちだろ。いきなりマダムになるのさ
　　　　　　　　え重荷だってえのに…」
　　　　さかえ「そんなことは平気よ。あたし、亡くなった姉や兄にさんざ（さんざん？）お世話になっ
　　　　　　　　てるんですもの」
　　　　竜太郎「十日後〔あと〕で契約が切れるって、おっしゃいましたね」
　　　　さかえ「ええ」
　　　　竜太郎「それまで僕を使っていただけませんか？」
　　　　さかえ「ええ？」
　　　　竜太郎「ただし住み込みで」
　　　　次郎　「本当かい、槙さん」
　　　　竜太郎「そうすれば、俺も助かるんだ」
　　　　利夫　「わー！、嬉しいな、僕」（名子役！。笑）
　　　　次郎　「そいつぁありがてえや。槙さんがいてくれたらどんなに心強いか知らない。俺の部屋で
　　　　　　　　一緒に寝よう。いいでしょ？、マダム」
　　　　さかえ「ええ」

　　　　そこへ店のマネージャーである佐野（内田良平）がノックをして事務所へ入ってくる。

　　　　さかえ「はい（ノックに答えて）」
　　　　佐野　「おはようございます。どうかしたんですか？」
　　　　さかえ「この方、今日から臨時のバーテンさんで働いていただきますから」
　　　　佐野　「ほお…」
　　　　竜太郎「槙竜太郎です」
　　　　さかえ「マネージャーの佐野さんよ」
　　　　佐野　「経験は？」
　　　　竜太郎「はあ、趣味でやった程度です」
　　　　佐野　「君、“サファイヤ”といえば、この街じゃ一流で通ってるんだ。冗談はやめたまえ」
　　　　さかえ「でも腕は私が保証しますわ」
　　　　次郎　「マネージャー、試してみれば判りますよ」
　　　　佐野　「マダム…責任は持っていただけますね？」
　　　　さかえ「ええ」
　　　　竜太郎「よし決まった！。坊や、イイとこ行こう」
　　　　利夫　「うん！」

　　　　竜太郎は利夫を連れて、港が見える丘へ。利夫を抱え上げたりして遊ぶ竜太郎。

◆

　　　　ここは映写室。そこで今までのシーンが映写されていた様子である。野村孝監督（サングラスの
　　　　男性）や芦川いづみさん（和服姿。作品中のものと似ていますが、全く同じものではない）、二
　　　　谷英明さん、葉山良二さん、杉山俊夫さん、作詞家の水木かおるさん（水色のシャツの男性）、
　　　　白木マリ（現・万理）さん、伊藤るり子さん、山本陽子さんがいる。司会者である栗原玲児さん
　　　　が野村監督に意見を聞いた後、芦川いづみさんに質問をする。

　　　　司会者「芦川いづみさんは、この映画で共演してらっしゃるわけですけれども、当時のこと、よ
　　　　　　　　く覚えてらっしゃいますか？」
　　　　芦川　「ええ、あの、とっても印象に残ってますので…あの、わたくしね、赤木さんて方は、あ
　　　　　　　　の、俳優さんとして必要なもの全部身につけてらっしゃる方だと思うんですよ」
　　　　司会者「俳優さんとして必要なもの？」
　　　　芦川　「はい。例えば、あの孤独な感じ。それから哀愁。（それ）からニヒルな感じね。そうい
　　　　　　　　うもの全部持ってらっしゃって。そして、あの、一言で言うと、どんなことをしても様
　　　　　　　　になるっていう、そういう方だったと思います」

　　　　続いて、当時（赤木圭一郎さんが亡くなった時）、中高生だったという伊藤るり子さんや山本陽
　　　　子さんも、プロマイドや切り抜きを集めたくらいの大の赤木圭一郎ファンだったと語る。後ろの
　　　　席で、それを嬉しそうに聞く白木マリ（現・万理）さん。

◆

　　　　“黒い霧の町”が流れ、「昭和32年（…と聞こえますが、正しくは34年）『拳銃0号』以降、
　　　　25本の映画に出た」などというナレーションが入り、『拳銃無頼帖抜き射ちの竜』（ここでは
　　　　タイトルに、“拳銃無頼帖控”と出る）のシーンが流れる。巻頭の銃撃シーン。そして浅丘ルリ
　　　　子さん扮するヒロインに主人公が身分を明かそうとするシーン。歌が変わり、『霧笛が俺を呼ん
　　　　でいる』のシーンが流れる。巻頭、主人公が船から降りてくるシーン、そしてバーで格闘になる
　　　　シーン。『拳銃無頼帖電光石火の男』のシーン。浜辺で宍戸錠さん扮する殺し屋が杉山俊夫さ
　　　　ん扮するチンピラを痛めつけているシーン。赤木圭一郎さんが宍戸錠さんの銃を撃ち飛ばし、そ
　　　　の銃と自分の銃を海へ捨てる。続いてロープウェイで山頂へ行き、アサヒビールの空き缶を銃で
　　　　ハジキ飛ばし、地面に落ちないように空中で撃ち合うシーン（ここでのBGMは“トニーとジョ
　　　　ー”）。『大学の暴れん坊』のラグビーのシーン。

◆

　　　　『激流に生きる男』、二月九日撮影。遠藤靖子（笹森礼子。高橋英樹版でも同じ役）が“サファ
　　　　イヤ”に来る。何だかここでの笹森礼子さん、「私、可愛いでしょ？」というオーラに溢れてい
　　　　ます（笑）。

　　　　竜太郎「いらっしゃい」
　　　　靖子　「こないだはどうも有難う（これ以前に会ったという設定らしい）。ご忠告通り、今日は
　　　　　　　　カメラ、持ってこなかったわ。今までお会いしたことなかったわね、このお店で」
　　　　竜太郎「ええ、あの日、初めて就職したんです」
　　　　靖子　「ずっとこのご商売？」
　　　　竜太郎「残念ですが、それにはお答え出来ませんね」
　　　　靖子　「あら、どうして？」
　　　　竜太郎「僕は過去のない男なんです」
　　　　靖子　「まぁ、面白い方」
　　　　竜太郎「そんなことより、お嬢さん、一人でこんなところへいらっしゃらないほうがイイでしょ
　　　　　　　　う」
　　　　靖子　「あら、バーテンさんがお客に意見をするの？」
　　　　竜太郎「何を作りましょうか？」
　　　　靖子　「オーバー・ザ・レインボー」
　　　　竜太郎「オーバー・ザ・レインボー？」
　　　　靖子　「そう、正式に言えばね、スターズ・アンド・ストライプス。つまり、星条旗と呼ばれて
　　　　　　　　いるプース・カフェ（ここのセリフの単語、どれもよく判りません。Web@作者はア
　　　　　　　　ルコールをやりませんので）であります。クレーム・ド・カカオ、クレーム・ド・バイ
　　　　　　　　オレット、イエロー・シャドル、マラスキーノ、ベネディクシン、グリーン・シャドル
　　　　　　　　、ブランディー、以上のものを混合せぬようにポニーグラスに積み込みます。文字どお
　　　　　　　　り虹の彼方の夢の味とでも申しましょうか、七色の色の鮮やかなロマンチックなカクテ
　　　　　　　　ルでございます」
　　　　竜太郎「はぁ…（感心する）」
　　　　靖子　「ウフ、あたしねぇ、『カクテル教室』という番組を担当してるんです」

　　　　そう言って、彼女が出した名刺には、ラジオ日本放送という局のアナウンサーという肩書が添え
　　　　られていた。

◆

　　　　事務所に入ってくる竜太郎。佐野とさかえがいる。

　　　　竜太郎「お呼びですか？」
　　　　佐野　「ああ、槙くん。せっかく勤めてもらって気の毒だが、今日限り辞めてもらうことにした
　　　　　　　　よ」
　　　　さかえ「何をおっしゃるの、急に」
　　　　佐野　「マダム、彼がいると、今後、黒岩興業に何されるか判りませんよ。我々だって命は惜し
　　　　　　　　いんですからね」
　　　　さかえ「そのために槙さん、一生懸命になってくださってるじゃありませんか」
　　　　佐野　「反対ですか？」
　　　　さかえ「もちろんだわ」
　　　　佐野　「じゃあ、うかがいますが、苦しいやりくりをして、順調に仕入れが出来たのは、いった
　　　　　　　　い、誰のおかげだと思うんです？」
　　　　さかえ「それは感謝してます。でも…」
　　　　佐野　「あくまでも反対だとおっしゃるなら、私が辞めさせていただきます。暴力団を殴るよう
　　　　　　　　な奴と一緒にいるのはごめんだね」
　　　　竜太郎「マネージャー…今、黒岩の連中を殴ったって言ったね。さっき俺がジムで殴ってきたの
　　　　　　　　をどうしてあんたが知ってるんだい？。始めっからおかしいと思ってたんだが、黒岩と
　　　　　　　　グルでなきゃ、こんなことは判りっこないんだ。マダム、こいつはこの店を潰そうって
　　　　　　　　企んでるんですよ。どうします？」
　　　　さかえ「佐野さん、辞めてください！。今日からあなたの代わりに槙さんに責任者になっていた
　　　　　　　　だきます」
　　　　佐野　「槙、それが貴様の目的か？」
　　　　竜太郎「そうらしいな」
　　　　佐野　「この女に惚れても無駄だ。（棚の上の写真立てを取って）…見ろ。ちゃんとした許婚者
　　　　　　　　〔いいなずけ〕がいらあ。許婚者がな」

　　　　竜太郎はさかえを見る。さかえは竜太郎の視線をはずす。この写真に写っている女性は谷川玲子
　　　　さん。許婚者は神山勝さんのようです。義兄役は、緑川宏さん。

　　　　佐野　「もうマダムの義理の兄貴（死んだ姉の夫ですから、正しくは義兄）と南米から帰って来
　　　　　　　　る。おめえと違って、一流貿易会社の社員だ。マダムは、その日を指折り数えて待って
　　　　　　　　るよ…」

◆

　　　　…店に酒を卸してもらえるように交渉に行く竜太郎。そこには関西弁の店の主人（小泉郁之助）
　　　　と佐野がいる。

　　　　佐野　「ヘンな言いがかりはやめてくれ！。俺はつくすだけのことはやってきたんだ」
　　　　竜太郎「じゃあ聞くがな、あの仕入れの二百万の赤字、あれはどういうわけなんだい？」
　　　　佐野　「！…（ジュースの栓を歯で抜いて）」
　　　　竜太郎「いきさつを説明してもらおうか。帳簿を付けてたのは、あんただ。説明出来ないことは
　　　　　　　　ないだろ。それとも出るところへ出て、話をつけたほうが良ければ、そうしてもイイぜ
　　　　　　　　。ご主人、参考人になっていただけますね？」
　　　　主人　「佐野はん、あんた、理由もなしに追い出されたゆうのは嘘だったんか。人を騙して同情
　　　　　　　　してもらお、思たかて、そうは行きまへんで。わてはな、腹黒い人が大嫌いなんや。佐
　　　　　　　　野はん、悪いけど帰ってんか！」
　　　　佐野　「！（ジュースを投げ捨て、出て行く）」
　　　　竜太郎「ご主人、お聞きの通りです。お願いです。もう一度、品物を入れていただけませんか。
　　　　　　　　支払いは僕が責任を持ってします」
　　　　主人　「よろしおま。わてはこう見えても紀ノ国屋文左衛門の遠縁の血ィ、受けてまんねん」
　　　　竜太郎「あははは」
　　　　主人　「あの店とは、古い付き合いだす。関西商人の名にかけて、お引き受けいたしまひょ」
　　　　竜太郎「ありがとう」

◆

　　　　利夫のために木の船を作っている竜太郎。そこへノックをしてさかえが入ってくる。

　　　　竜太郎「どうぞ」
　　　　さかえ「あら、何、なさってらっしゃるの？」
　　　　竜太郎「坊やに船を作ってやるって約束したもんで」
　　　　さかえ「まぁ、いつもすいません。いろいろご迷惑をおかけして」
　　　　竜太郎「いや、子供は好きですから」
　　　　さかえ「お店のことだって…」
　　　　竜太郎「僕には佐野をクビにした責任がありますからね。あと七日あるから、全力を尽くします
　　　　　　　　」
　　　　さかえ「あの、これ…」
　　　　竜太郎「は？」

　　　　さかえは、兄のものだという和服を竜太郎に差し出す。

　　　　さかえ「兄のものなんですけど、よろしかったら着てくださいません？」
　　　　竜太郎「でも…」
　　　　さかえ「かまいません。お役に立てば、きっと兄も喜んでくれると思いますわ」
　　　　竜太郎「そうですか。じゃあ…早速、着てみましょう」
　　　　さかえ「どうぞ」

　　　　竜太郎はさかえの目を気にする。

　　　　さかえ「あら、ごめんなさい」
　　　　竜太郎「あはっ」
　　　　さかえ「気が付かなくて…（竜太郎に背を向ける）」
　　　　竜太郎「ははは…」
　　　　さかえ「ねえ、槙さん…」
　　　　竜太郎「は？」
　　　　さかえ「以前、何してらしたって、うかがったら、おこられるかしら？」
　　　　竜太郎「おかしな日だな。これで三度目（まず靖子に聞かれ、次は、後述のトランペットを吹く
　　　　　　　　シーンでの葉山良二さんとのやりとりのことではないかと思われます）ですよ。いろん
　　　　　　　　なことをしました。学生から会社員、セールスマン、バンドマン。でも一度、海へ出て
　　　　　　　　みたくてね。しかしマダムまでがこんなことに興味を持つとは思わなかった」
　　　　さかえ「なぜ？。心配よ。さっきの人、槙さんを知ってるような口ぶりだったでしょ？」
　　　　竜太郎「マダム…」
　　　　さかえ「（振り替える）」
　　　　竜太郎「僕たちは誰でもその歳だけの過去があるんです。そン中には一つや二つ、忘れてしまい
　　　　　　　　たいことだってあるんじゃないですか？」
　　　　さかえ「じゃ、やっぱり…」
　　　　竜太郎「あなたに迷惑のかかるようなことじゃありませんよ。気にしないでください」
　　　　さかえ「でも、あたし、知りたいわ」
　　　　竜太郎「僕はあと七日もすれば、海に出る。入れ違いに南米からあなたのお兄さんと許婚者が帰
　　　　　　　　ってらっしゃる。僕があなたの生活の中にいるのは、たった十日間ですよ。知ってても
　　　　　　　　知らなくても大したことじゃないでしょ」
　　　　さかえ「槙さん…」

　　　　そこへ次郎が入ってくるが、慌ててドアを閉めようとする。

　　　　次郎　「あ、こいつは邪魔だったかなー？」
　　　　さかえ「バカねぇ。仕事の話よ。じゃあ、お願いします」
　　　　竜太郎「は？」
　　　　さかえ「（微笑みながら部屋を出て行く）…おやすみなさい」
　　　　次郎　「おー、イカスじゃないかー」
　　　　竜太郎「借りもんだよ、マダムの兄さんの」
　　　　次郎　「ヘッ、妬けるなー」
　　　　竜太郎「バカ！」
　　　　次郎　「あ、ちょっと待った、兄貴…（と、袖のしつけ糸？を取る）」

◆

　　　　部屋でトランペットを吹く竜太郎。右手に包帯を巻いている（誰かを殴ってケガをしたようだ）
　　　　。利夫が聴き入っている。

　　　　利夫　「お兄ちゃん、何やってもうまいんだね。僕、尊敬してんだ」
　　　　竜太郎「はは」
　　　　利夫　「ね、もうちょっと吹いてよ」
　　　　竜太郎「こいつー！（トランペットで利夫のおなかをつっつく）。はっはっはっ！」

　　　　ノックの音。

　　　　竜太郎「どうぞ」
　　　　さかえ「お客様です。利夫ちゃん、もうおやすみなさい。お兄ちゃん、具合いが悪いのよ」
　　　　利夫　「はぁい」
　　　　竜太郎「おやすみ」
　　　　利夫　「おやすみなさい」
　　　　さかえ「どうぞ（そう言いながら、出て行く）」

　　　　靖子が入ってくる。

　　　　竜太郎「やぁ、いらっしゃい…（靖子の神妙な顔を見て）…どうしました？。ホールに行きまし
　　　　　　　　ょうか？」
　　　　靖子　「いいえ、お話があるんです（と、ドアを閉める）。その着物、とってもお似合いよ。マ
　　　　　　　　ダムのお見立て？」
　　　　竜太郎「何だかヘンだな」
　　　　靖子　「ヘンなのはあなたのほうよ。その手、どうなすったの？」
　　　　竜太郎「いやぁ、何でもないです」
　　　　靖子　「なければ私、聞きません。槙さんがいくらあの人たちを追い払おうとしたって無駄よ」
　　　　竜太郎「なぜです？」
　　　　靖子　「あの人たちは、依頼主のために動いているだけなんですもの」
　　　　竜太郎「（依頼主が）判っていれば、直接当たって、交渉しますよ」
　　　　靖子　「交渉なさったらイイわ」
　　　　竜太郎「お嬢さん、ご存知なんですね？」
　　　　靖子　「あたし、お教えしようかしまいか、随分迷ったんです。でも…」
　　　　竜太郎「誰です！、相手は」
　　　　靖子　「明日〔あした〕またお会いしてくださる？。連れてって差し上げるわ」
　　　　竜太郎「お嬢さん…」
　　　　靖子　「お願い、今夜は何も聞かないで」

　　　　さかえは、預金通帳？を見てタンスに入れ、眠る利夫に布団をかけてやる。その後、片手で不便
　　　　そうに洗濯をしようとする竜太郎に代わって、さかえが洗濯をする。ローラーで脱水をするタイ
　　　　プの洗濯機です（笑）。

　　　　さかえ「いけませんわ。休んでなさいって言ったでしょ（…と、ローラーを回す）」
　　　　竜太郎「すいません、でも本当に手のほうは大丈夫なんです」
　　　　さかえ「明日〔あした〕お出かけになれなくても知りませんよ」
　　　　竜太郎「何だ、ご存知だったんですか」
　　　　さかえ「ごめんなさい、聞こえちゃったんです。…お小遣い、お貸ししましょうか？」
　　　　竜太郎「僕が遊びに行くとでも思ってらっしゃるんですか？」
　　　　さかえ「そうじゃないの？」
　　　　竜太郎「イヤだなぁ。契約が切れるまで、あと五日間しかないんですよ。奴らに手を引かせよう
　　　　　　　　と思って（ここでさかえは目を見張る）、黒幕に会いに行くんですよ。あの人の手引き
　　　　　　　　で」
　　　　さかえ「危ないマネはやめてちょうだい。この上、槙さんにもしものことがあったら、あたし…
　　　　　　　　」
　　　　竜太郎「マダム、女の身でこの店を守り抜くことは、並大抵のことじゃありません。僕は、そん
　　　　　　　　なあなたを見てると、何か激しいものでブッ叩かれるような気がするんです」
　　　　さかえ「槙さん…」

　　　　目覚めたらしい利夫が部屋へ入ってくる。

　　　　利夫　「ううーん…」
　　　　竜太郎「どうした、坊や？」
　　　　利夫　「うん、おしっこ」
　　　　竜太郎「よし、お兄ちゃんが連れてってやる」

◆

　　　　…翌日、放送局へ靖子に会いに行った竜太郎。スタジオの中から靖子が出てくる。

　　　　竜太郎「やあ」
　　　　靖子　「お待ちしてましたのよ」
　　　　竜太郎「すぐ行かれますか？」
　　　　靖子　「その前にお話ししておくことがあります。依頼主は私の父なんです」
　　　　竜太郎「え？」
　　　　靖子　「変人なんです。でもあなたが直接お話しになれば、きっと気持ちが変わると思うんです
　　　　　　　　。そういう意味でお誘いしたの、あたくし」
　　　　竜太郎「ありがとう。やってみます」
　　　　靖子　「でもどんなことがあっても父を軽蔑なさらないでね」

　　　　…竜太郎は、靖子とともに彼女の実家へ。そこには浪曲を聴きながら盆栽の世話をしている靖子
　　　　の父・丸金〔まるかね〕（東野英治郎）がいる（靖子は遠藤姓ですが、父親のこの“丸金”はあ
　　　　だ名か屋号か何かで、やはり姓は遠藤だと思います）。

　　　　靖子　「お父さん…」
　　　　丸金　「何だ、靖子か。どうしたんだ、今頃」
　　　　靖子　「お客様よ」
　　　　丸金　「うん…」
　　　　竜太郎「あなたは…」
　　　　丸金　「おお、兄〔にい〕さん…」
　　　　靖子　「（竜太郎に）…ご存知だったの？」
　　　　丸金　「ご存知どころの騒ぎじゃないよ。銭湯に行って背中を流し合った仲だ。なぁ、兄さん」
　　　　竜太郎「ええ」
　　　　靖子　「わぁ、良かった！」
　　　　丸金　「さ、こっちへ来たまえ」

　　　　部屋の中へ通される。靖子はちょっと退室したようだ。

　　　　丸金　「お茶代わりだ。どれでも（壁一面、高そうな酒が並んでいる）イイのを取りたまえ…へ
　　　　　　　　っへっ、そんな酒でイイのか？」
　　　　竜太郎「ええ、飲みつけてますから」
　　　　丸金　「よし、わしも付き合おう」

　　　　丸金　「はっはっはっはっ、じゃ、乾杯…うーん、どうもあんたはタダのネズミじゃないな。何
　　　　　　　　の商売だ？」
　　　　竜太郎「バーテンです」
　　　　丸金　「ふーん、バーテンか」
　　　　竜太郎「ええ、ナイトクラブ“サファイヤ”の…」
　　　　丸金　「“サファイヤ”…」
　　　　竜太郎「実は…あの建物から手を引いていただこうと思いまして…」
　　　　丸金　「ふーん、理由は？」
　　　　竜太郎「あなたはご存知ないかもしれませんが、黒岩興業のために、罪もない善良な人々が迷惑
　　　　　　　　してるんです」
　　　　丸金　「他人の迷惑をいちいち気にしていたら仕事にならんじゃないか」
　　　　竜太郎「仕事のためにはどんな卑劣な手段を取ってもかまわないとおっしゃるんですか？」
　　　　靖子　「（そこへ料理を持って入ってきて）…槙さん、何にもないのよ」
　　　　丸金　「まぁ、そうムキにならずに一杯やれ」
　　　　靖子　「どうぞ」
　　　　丸金　「兄さん、あんたはあの“サファイヤ”に何か義理でもあるのか？」
　　　　竜太郎「いや、別にありませんが…」
　　　　丸金　「わしは義理のある人にぜひあの建物を欲しいと頼まれておる。わしがこれまでになるに
　　　　　　　　は、少なからずその人の援助を受けている。言わば、あの建物をモノにしないと、わし
　　　　　　　　の面子は丸潰れなんだ」
　　　　竜太郎「あなたの気持ちは判ります。でもお願いします。もう一度考えなおしてくださいません
　　　　　　　　か」
　　　　靖子　「お父さん、お願い、聞いてあげて」
　　　　丸金　「おまえは黙ってなさい。兄さん、わしはあんたが好きだ。しかし好きと仕事は別もんだ
　　　　　　　　。これだけはどんなにあんたに頼まれても一歩も後へは引けない」
　　　　竜太郎「これほどお願いしてもダメですか？」
　　　　丸金　「無駄だ。それだけの話なら帰ンなさい」
　　　　竜太郎「残念です。あなたなら裸になって話し合えば、きっと判ってくださると思ったんですが
　　　　　　　　」
　　　　丸金　「兄さん、あんたはまだ若い。世の中はそんな甘いもんじゃない」
　　　　竜太郎「判りました。あなたがその気なら、僕はあくまでも戦わせてもらいます。失礼しました
　　　　　　　　」（…と、部屋を出て行く）
　　　　靖子　「槙さん！」

　　　　しかし、丸金の顔は曇っている（ここでこの黒幕らしい丸金と、そうとは知らずすでに銭湯で知
　　　　り合っていたという設定は、いかにも、石原裕次郎さんの主演映画で主人公が、やりそうな感じ
　　　　ですよね？）。

◆

　　　　…警察？。東京から来た刑事・野崎（下條正巳）が、ある男（葉山良二）の写真を竜太郎に見せ
　　　　　る。

　　　　野崎　「この男を知らないかね？。花川組の組長を刺してな、こっちへ飛んだ形跡なんだ。奴が
　　　　　　　　この街で頼るところと言ったら、黒岩興業しかない。そう目星を付けて、東京から追っ
　　　　　　　　てきたんだが…」
　　　　竜太郎「見たこともありませんね」
　　　　野崎　「本当か？」
　　　　竜太郎「随分クドいじゃありませんか」
　　　　野崎　「ああ、君に会わせたくないんでね。松原の兄貴なんだ。…なぁ、黒須、君はこの街でバ
　　　　　　　　ーテンなんかやってる男じゃないよ。俺と一緒に東京へ帰らんか？」

　　　　竜太郎の槙名義は実は偽名で、実際は黒須という元ボクサーなのだ。彼は松原の弟を殴って殺し
　　　　て以来、ボクサーを辞めたらしい。

　　　　竜太郎「どうしてです？」
　　　　野崎　「君の腕を買ってるからさ。もう一度、リングに出てもらいたいんだ」
　　　　竜太郎「そんな気持ちはありませんね」
　　　　野崎　「君はあの事件にこだわりすぎるんじゃないか？。正当防衛だよ。そいつは誰も認めてる
　　　　　　　　。ライセンスだって、自分で返上したんだし、君の強烈な右パンチをもう一度見たがっ
　　　　　　　　てるファンは大勢いるんだ」
　　　　竜太郎「やめてくださいよ。僕は大学からプロに飛び込んだ時、文字どおりリングに全てを賭け
　　　　　　　　た。素っ裸で力と力をブツけ合う勝負の世界、そして素晴しい充実感…僕はあの激しい
　　　　　　　　毎日に生き甲斐を感じてしまった。だが、あの事件があってから、僕は何をする気力も
　　　　　　　　なくなってしまったんです」
　　　　野崎　「忘れるんだよ。もちろん、忘れよう忘れようと思っていただけじゃ、忘れることは出来
　　　　　　　　ないがね」
　　　　竜太郎「そうなんですよ。でも刑事さん、僕はこの頃になって、やっとそれがつかめたような気
　　　　　　　　がしてるんです。過去を忘れるってのは、明日に向かって強く生きるってことじゃない
　　　　　　　　でしょうか？。激しい川の流れは一秒も一カ所にとどまっていないように、絶えず自分
　　　　　　　　自身を前へ前へと押し詰めること、そういう生き方が今の僕には必要なんです。海の上
　　　　　　　　の生活に新しい自分の全てを賭けよう、そう思って、僕はここへやって来たんです。僕
　　　　　　　　に後ろを向かせないでください」
　　　　野崎　「そうか、君がそれほどの情熱を持っているなら、もう何も言わないよ」

◆

　　　　『激流に生きる男』、二月十一日撮影（どうやら、作品のエンディングあたりの撮影部分らしい
　　　　）。“サファイヤ”の舞台ではフラメンコが踊られ、大盛況である。店は守られ、大団円のシー
　　　　ンのようである。

　　　　竜太郎「今夜はヤケに忙しいですね」
　　　　さかえ「ええ、おかげさまでお店が蘇ったみたい。このままの状態が続けばイイんですけど」
　　　　竜太郎「続きますよ、きっと。それにもうじき南米からお兄さんたちもお帰りになるし…」
　　　　さかえ「…」
　　　　竜太郎「…」
　　　　従業員「マネージャー、お電話です」　※従業員に扮するのは、河瀬正敏さん。
　　　　竜太郎「電話？」

　　　　船舶会社から竜太郎に電話が入る。

　　　　職員　「槙竜太郎さんですね？。ブラジル丸の出航予定が急に変更になったんです。明朝六時に
　　　　　　　　出航しますから、五時までに乗船してください」
　　　　竜太郎「…」
　　　　職員　「もしもし、もしもし？」
　　　　竜太郎「判りました。どうもありがとう」

　　　　少し呆然としながら電話を切る竜太郎。

　　　　竜太郎「次郎くん、ちょっと出てくるからね。急用が出来たんだ。店を頼むよ」

　　　　ところで、上記のセリフだけは赤木圭一郎さんの声ではないように思えます。誰か他の人が吹き
　　　　替えているような？？？。

　　　　竜太郎は出て行く前に、利夫との約束の船を作り上げる。“螢の光”が流れる中、店で客と踊る
　　　　さかえ。閉店後、眠る利夫の部屋へ行くと、枕元に船とさかえへの置き手紙があることに気付く
　　　　さかえ。

　　　　さかえ「利夫ちゃん、利夫ちゃん、起きてよ！」
　　　　利夫　「ううん」
　　　　さかえ「このお手紙、どうしたの？」
　　　　利夫　「お兄ちゃんに頼まれたの」
　　　　さかえ「すぐ言わなきゃダメじゃないの」
　　　　利夫　「お兄ちゃんと約束したの。お店が終わってから、オバちゃんに渡す、って」

　　　　出航が早まったことと別れの挨拶が書かれている。

　　　　急に出航がきまりましたので、お別れ
　　　　を告げずに行きます。
　　　　今夜の約束を破って申訳ありません。
　　　　すべてが片付いた今　僕は後をふり
　　　　返りたくないのです。
　　　　判っていたゞけると思います。
　　　　お幸せに─。
　　　　　　　　　　　　　　　　　竜太郎

　　　　利夫　「ねえ、オバちゃん、お兄ちゃん、どうしたの？。ね、お兄ちゃん、どこ行ったの？」
　　　　さかえ「…お兄ちゃんね、お船に乗るって…」
　　　　利夫　「嘘だい、僕、お兄ちゃんと一緒にリオデジャネイロ、行く約束したんだ！」
　　　　さかえ「お兄ちゃんは、それが一番イイのよ。きっとお兄ちゃんはね、ここにいるのは立派すぎ
　　　　　　　　るのよ」
　　　　利夫　「（泣き出し…うまいんです。笑）…オバちゃんの嘘付き。オバちゃんの嘘付きー！」
　　　　さかえ「利夫ちゃん！（利夫を抱き寄せ）」
　　　　利夫　「イヤだー、オバちゃんなんかイヤだー。嘘付きー！。オバちゃんの嘘付きー。バカー」

　　　　事情を知って泣き出す利夫を抱きかかえ、自分も泣き出したい気持ちをこらえるさかえ。竜太郎
　　　　は主題歌とともに街を去っていく。どうやらエンディングシーンの撮影は終わっていたようです
　　　　ね。

　　　　…ここで赤木圭一郎さんの葬儀の模様が一瞬だけ差し込まれる。海が写る。

◆

　　　　『激流に生きる男』、二月十三日撮影。前述したように、九日撮影のシーンよりストーリーとし
　　　　ては前のシーンのようですね。“サファイヤ”へ、芝井（深江章喜）や松原（葉山良二）、悪玉
　　　　の子分たち（矢頭健男、他）が入ってくる。「ショーはどうした、ショーは」「踊るばっかりが
　　　　能じゃねえんだぞ！」

　　　　芝井　「皆さん、どうです、三流クラブより、ひどいと思いませんか？」
　　　　子分　「マダムにストリップやってもらおうじゃないスか。どうです、皆さん」

　　　　さかえが男たちに追い詰められる。このシーンで芦川いづみさんの後ろに、黒いワンピース姿の
　　　　客の役で松原智恵子さんの姿が見えます。カメラテストでしょうか？。他にも女性と踊っていた
　　　　客の役で東郷秀美さんがいます。

　　　　竜太郎「待て！。やめろ！」
　　　　子分　「ふん、マネージャーのお出ましか」
　　　　子分　「どうした、おれっちは当然のことを言ってるんだぜ」
　　　　子分　「おまえが代わりに踊るのか？」
　　　　芝井　「ふん、何にも出来なきゃ、ステージに両手をついて謝るんだな。そんなことでよくマネ
　　　　　　　　ージャーが勤まるな。バカヤロー！」（…と言いつつ、竜太郎の顔を二発殴る）

　　　　殴り返そうとする竜太郎だが、左手のパンチを松原が止める。

　　　　松原　「左フックはこの野郎か（サングラスをかけているが、竜太郎と目を合わせる）…あんた
　　　　　　　　、俺を知らないかい？」
　　　　竜太郎「知らんね」
　　　　松原　「そんなことはねえ。どこかで会ってるような気がする」
　　　　竜太郎「せっかくだが、ヤクザに友達はないよ」
　　　　松原　「ほお、俺がヤクザだと、どうして見抜いた？」
　　　　竜太郎「そんな気がしたから」
　　　　松原　「以前、何をやってた？。何をやってたか聞いてるんだ」
　　　　竜太郎「知りたいかい？」
　　　　松原　「興味がなきゃ聞きゃしねえよ」
　　　　竜太郎「知りたきゃ教えてやるよ。おい、次郎！」

　　　　そう言って、竜太郎は、次郎にドラムを叩かせて、自分はトランペットを吹き、歌い出す。

　　　　“俺にまかせろ”

　　　　♪風も嵐も兄弟だ（ア）　海の男さ、この俺は（ア）
　　　　　ホラとペットを吹き分ける（ウ）　陽気な男
　　　　　俺に任せろ、喧嘩なら（ア）　ジャブとフックで腕慣らし（イ）
　　　　　腹を減らしたその後で（エ）　恋をするのさ
　　　　　甘い風に乗って　愛をささやこか
　　　　　風も嵐も兄弟だ（ア）　海の男さ、この俺は（ア）
　　　　　恋と喧嘩に明け暮れる（ウ）　陽気な男

　　　　客は拍手をする（ここでも画面左側のフロアの段上から降りてくるのが、松原智恵子さん）。こ
　　　　のシーンが、最後の撮影シーンらしい。

　　　　♪星もペットも兄弟だ（ア）　海の男さ、この俺は（ア）
　　　　　浜に一人でいるけれど（オ）　陽気な男
　　　　　俺に任せろ、ペットなら（ア）　慣れたスウィング、ハイノート（オ）
　　　　　軽く吹いたら気晴らしに（イ）　星を見るのさ
　　　　　何も言えぬ瞳　遠い夢を語る
　　　　　星もペットも兄弟だ（ア）　海の男さ、この俺は（ア）
　　　　　恋とペットに明け暮れる（ウ）　陽気な男

◆

　　　　海。そして、一編の詩がクレジットされる。

　　　　“渇望”

　　　　　黄昏の渚で
　　　　　ふと拾った炎のかけらが
　　　　　心の中で
　　　　　ぱちんとはじけた
　　　　　その時からなのです
　　　　　海が
　　　　　白い牙をむいて
　　　　　怒ろうと
　　　　　僕の渇いた魂は
　　　　　湟めく水平線の彼方で
　　　　　めらめらと
　　　　　燃えつづけている
　　　　　　　　　　赤木圭一郎

　　　　終。

◆ ◆ ◆

　　　　●ここでサム・スペードさんにご提供いただいた、サムさん所蔵の1961年5月頃に刊行された
　　　　らしい《映画アルバム15 宍戸錠全作品集》の中の“特集赤木圭一郎全遺作集”に掲載されて
　　　　いるというストーリー紹介を採録します。黒岩役に丹波哲郎さんが予定されていたというのが面
　　　　白いですね。また葉山良二さんの役名が“前田”となっていますが、劇中では“松原の兄”と称
　　　　されています。苗字は“前田”なのかもしれませんが、解説の中では一応、“松原”としました
　　　　（ちなみに高橋英樹版での二谷英明さんの役名は前田でした）。NOBOさん所蔵の誌面でも葉山良
　　　　二さんの名前は“前田”となっているらしく、正しくは“前田”だと考えて良さそうです。

　　　　ブラジル丸の船員として乗船すべく横浜の港にやって来た槙竜太郎（赤木圭一郎）は出航が延期
　　　　になったことをきかされ、途方にくれたが、自動車にひかれそうになった利夫少年（江木俊夫）
　　　　を救ったことから、美しい女性さかえ（芦川いづみ）と親しくなった。利夫はさかえの甥で、父
　　　　親は貿易の仕事で南米に出かけていた。その留守をたくされたさかえは、なくなった姉の代理マ
　　　　ダムとして、ナイトクラブ“サファイア（劇中では看板にも“サファイヤ”とある）”をきりま
　　　　わしていたが、女一人の身ゆえ、店の権利を黒岩興業から狙われていた。その期限もあと十日後
　　　　にせまっていた。あくどい黒岩（丹波哲郎）のやり口をバーテンの次郎（杉山俊夫）からきいた
　　　　竜太郎は、店の権利の契約が切れるまで住みこみで働くことを承知した。喜こんださかえは、マ
　　　　ネジャーの佐野（内田良平）に紹介したが、なぜか佐野はあまりいい顔をしない。ラジオのアナ
　　　　ウンサーである靖子（笹森礼子）は、クラブ探訪でサファイアに来たところを黒岩たちに邪魔さ
　　　　れたが、それを竜太郎に救ってもらったことから好意をよせていた。黒岩興業がショウの連中を
　　　　強引に引き抜いたことを次郎からきいた竜太郎は、黒岩の事務所を訪ね対決した。「二度と店に
　　　　手を出したら、俺が承知しないぞ！」。迫る黒岩の配下を強烈な右フックで倒した。マネジャー
　　　　の佐野は黒岩の手先きだった。今日も黒岩の手先が店にやって来て、いやがらせをはじめた。そ
　　　　の時、一人の男がそれを押さえた。殺しをやって黒岩のところに流れて来た前田（葉山良二）だ
　　　　。「右フックがあんたか」。前田はどこかで見た顔だと思ったが…。竜太郎こそ、かってウェル
　　　　ター級のボクサーで、正当防衛で前田の弟を殺した男だった。「思い出したぜ、その右パンチだ
　　　　。それが、俺の弟を殺したんだ！」。しかし竜太郎は、二度と右フックを使わなかった。さんざ
　　　　ん黒岩の配下にいためつけられた竜太郎を靖子が救った。彼は靖子の父にあった。意外にも…ナ
　　　　イトクラブの権利のことを黒岩に依頼したのは靖子の父だった。竜太郎の男の説得にさしもの金
　　　　の鬼も「あんたには負けた、あんたはわしよりもっと大きい事をしでかす男だ、わしは手を引く
　　　　」。しかしそれを知った黒岩が、利夫少年をさらった。再び竜太郎の右フックがさくれつ。竜太
　　　　郎を黒岩の拳銃から救ったのは前田だった。「俺はもっと早くあんたと知りあいになりたかった
　　　　」。すべてが片づいた竜太郎は、さかえ、靖子、利夫少年にもあわずに、一人また波止場に──
　　　　ブラジル丸に乗りこんだ。

　　　　●またここでの正当防衛云々については、NOBOさん所蔵のケイブンシャ発行のフォノシート《
　　　　トニーは生きている》に下記のような記載があるそうです。“明日のチャンピオンと期待された
　　　　ウエルター級ボクサー・黒須竜太郎は暴力団から八百長を命ぜられたが、命令に服さず勝ってし
　　　　まった。その夜、ヤクザが彼を襲い、ふとしたはずみにチンピラ（これが前田の弟の“松原”で
　　　　しょう）を殴り殺してしまった。正当防衛だったが、彼の良心は苦悩した。彼は暗い過去を忘れ
　　　　るために船員になった”。回想シーンとして出てくる予定ではなかったか？ということです。

　　　　●追加情報。ここでNOBOさん所蔵のケイブンシャのフォノシート（？）《赤木圭一郎は生きて
　　　　いる激流に生きる男》に作詞家・滝田順氏による主題歌に関しての記述があるそうですが、『
　　　　激流に生きる男』の主題歌の作詞者・“滝田順”は本作品企画者の今戸栄一さん（日活撮影所製
　　　　作部事務）のペンネーム。石原裕次郎さん用に大森盛太郎さんが作られた曲に滝田さんが後から
　　　　詞をはめこんだそうです。詞を考えている間に石原裕次郎さんが骨折して、赤木圭一郎さんに代
　　　　わったようですね。

◆ ◆ ◆

　　　　●余談ながら、62年公開の高橋英樹版『激流に生きる男』との主な出演者の比較も紹介してお
　　　　きましょう。

　　　　監督／野村孝　→同
　　　　主人公・槙竜太郎こと黒須／赤木圭一郎　→　槙竜太郎こと黒須竜太郎／高橋英樹
　　　　クラブ“サファイヤ”のマダム・さかえ／芦川いづみ　→　同・〔ノリコ〕／吉永小百合
　　　　遠藤靖子（ラジオ局のアナウンサー）／笹森礼子　→
　　　　　同（證券会社に勤めているらしい）／笹森礼子
　　　　白木マリ（後に白木万理）？　→　前田〔・ケン〕の愛人・晴美／白木マリ（後に白木万理）
　　　　竜太郎を付け狙う松原／葉山良二　→　同・前田〔・ケン〕／二谷英明
　　　　黒幕・“丸金〔マルカネ〕”こと靖子の父・遠藤／東野英治郎　→　滝沢修
　　　　黒岩興業社長・黒岩／丹波哲郎　→　波多野憲
　　　　クラブ“サファイヤ”のマネージャー・佐野／内田良平　→　佐野浅夫
　　　　黒岩の部下・芝井／深江章喜　→　深江章喜
　　　　刑事・野崎／下條正巳　→　下條正巳
　　　　ヒロインの甥・利夫／江木俊夫　→　江木俊夫
　　　　クラブ“サファイヤ”のバーテン・次郎／杉山俊夫　→　浅沼創一
　　　　　※杉山俊夫さんは後者ではクラブの楽団のドラマー役に
　　　　クラブ“サファイヤ”の取り引き先の酒屋の主人／小泉郁之助　→　小泉郁之助
　　　　大成船舶埠頭事務所の事務員／久遠利三　→　久遠利三
　　　　クラブ“サファイヤ”のボーイ／河瀬正敏　→　河瀬正敏

　　　　…断片的ではありますが、未完成作『激流に生きる男』を見れば、およその展開は判ります。こ
　　　　れに加えて、高橋英樹版を見れば、全体像も理解出来るでしょう。『紅の拳銃』よりも、もっと
　　　　余裕を持って演技をしている赤木圭一郎さんの姿を見ることが出来ます。また芦川いづみさん扮
　　　　するクラブのママがイイです。ここでは、赤木圭一郎さんの『激流に生きる男』のフィルム部分
　　　　のセリフはほぼ全て採録しました。

LAST UP DATE ◆ 2020年12月31日